スキャンダルや事件報道だけではなく、こういう何気ない街ネタを吸い上げるのが、本当に、優秀な記者の持つべき目線だと思う。
「小郡市の頼富さん トイレは喫煙場所ではありません− 「利用者もっとモラルを」 西鉄久留米駅で毎朝ごみ拾い」(西日本新聞)
【ジャーナリズム論】
「取材データ流出 元記者を解雇、幹部ら処分」(毎日新聞)
ことの重大性に鑑みれば、当然の結果とは言え、思ったよりも厳粛な処分をしたという印象を抱いています。その一方で、同社に限らず、広義での“取材データ”を流出させた記者を解雇していたら、一体、何人の記者が解雇されるのだろうかという釈然としない思いもあります。やはり、「本音」と「建前」なのでしょう。 続きを読む
ことの重大性に鑑みれば、当然の結果とは言え、思ったよりも厳粛な処分をしたという印象を抱いています。その一方で、同社に限らず、広義での“取材データ”を流出させた記者を解雇していたら、一体、何人の記者が解雇されるのだろうかという釈然としない思いもあります。やはり、「本音」と「建前」なのでしょう。 続きを読む
「糸川議員取材記録 毎日記者が協力者に渡す ネット流出」(毎日新聞)
このニュース、ジャーナリズムに少しも関心がある人間からすると、有り得ない最低のニュースです。いわゆる、記者の不祥事(個人的問題)とは質の点で異なります。万が一、この情報流出を契機に、糸川議員に何らかの被害が出ていたら、毎日新聞は存続できなかったのではないでしょうか。情報源の秘匿はジャーナリズムの生命線。社を上げて、猛省して頂きたいものです。
当blog、及び、個人メルマガは、多くの同社関係者の方にもご覧頂いておりますが、各々の立場で、意識を改善して頂きたいと思います。
このニュース、ジャーナリズムに少しも関心がある人間からすると、有り得ない最低のニュースです。いわゆる、記者の不祥事(個人的問題)とは質の点で異なります。万が一、この情報流出を契機に、糸川議員に何らかの被害が出ていたら、毎日新聞は存続できなかったのではないでしょうか。情報源の秘匿はジャーナリズムの生命線。社を上げて、猛省して頂きたいものです。
当blog、及び、個人メルマガは、多くの同社関係者の方にもご覧頂いておりますが、各々の立場で、意識を改善して頂きたいと思います。
ネットでしか状況を見ていないので詳細を把握している訳ではないですが、最近、「「あるある大事典2」ねつ造問題」のニュースをよく見かけます。見識者の思慮に富んだご意見なども見受けられますが、程度の差はあれ、所詮、テレビ番組はこんなもんと受け取るほうが自然な気がします。勿論、一部には、ジャーナリズム精神に溢れた番組もあるのだろう(多分?)と思いますが、例え、どのような「情報」であれ、「情報」である限りは、「情報」を発信する人の“意図”が介在する。ただ、それだけのことだと思います。テレビに限らず、媒体はツール。要は、(受け手は)情報処理の仕方、(発信者は)使い方を考え、効果的に活用すればいいだけの話ではないかと思います。
「<北朝鮮>兵士5人が韓国側に越境、警告発砲受けて撤退」(毎日新聞)
「挑発?「北」兵士5人が越境 韓国軍が警告射撃60発」(産経新聞)
「韓国軍、北朝鮮の軍人2人に警告射撃」(朝鮮日報)
時系列が異なるので一概には言えないものの、同じニュースでも、媒体によって結構トーンが異なるものですね〜。前段は、毎日新聞の記事、中段は産経新聞の記事、後段は朝鮮日報の記事。 続きを読む
「挑発?「北」兵士5人が越境 韓国軍が警告射撃60発」(産経新聞)
「韓国軍、北朝鮮の軍人2人に警告射撃」(朝鮮日報)
時系列が異なるので一概には言えないものの、同じニュースでも、媒体によって結構トーンが異なるものですね〜。前段は、毎日新聞の記事、中段は産経新聞の記事、後段は朝鮮日報の記事。 続きを読む
「ロシア:反プーチンの著名女性記者、自宅アパートで射殺」(毎日新聞)
このようなニュースを見ると、日々、既得権益保護に勤しむ日本国内メディアでさえも、やはり、必要なのではないかと思ってしまいます。ことの真意は闇の中なのでしょうが、民主主義を担保する一つの要素として、表現の自由の大切さを痛感します。メディアの質がどうであれ…。
このようなニュースを見ると、日々、既得権益保護に勤しむ日本国内メディアでさえも、やはり、必要なのではないかと思ってしまいます。ことの真意は闇の中なのでしょうが、民主主義を担保する一つの要素として、表現の自由の大切さを痛感します。メディアの質がどうであれ…。
二週間ほど前に書いたblogを読んだ友人から、「テレビが信実を伝えないのは当たり前では?」というメールをもらいました。そして、そのメールには、「何を目的として書いたblogなの?」という問いかけが。絶妙なメールだな〜と感心しました。
テレビが真実を伝えるか? 続きを読む
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「テレビ局と代理店が組めば何でもできる」
迷うこと無く、こう言い切ったとあるキー局スタッフの発言には耳を疑った。日頃、“公共性”を声高に説く、テレビ局社員としては、言語道断のあるまじき発言である。
「テレビは編集一つで良くも悪くもイメージを付けることができる」
悲しい現実ではありながらも、悪びれもせず、こう言って憚らない姿に、報道人としての誇りなど微塵も無い。一部の偏った意見と願いたいと思いつつも、同様の思い上がりは、テレビ業界の中に往々として存在する。このような類の発言を聞きながら、テレビ業界の凋落への予兆を確信した。 続きを読む
迷うこと無く、こう言い切ったとあるキー局スタッフの発言には耳を疑った。日頃、“公共性”を声高に説く、テレビ局社員としては、言語道断のあるまじき発言である。
「テレビは編集一つで良くも悪くもイメージを付けることができる」
悲しい現実ではありながらも、悪びれもせず、こう言って憚らない姿に、報道人としての誇りなど微塵も無い。一部の偏った意見と願いたいと思いつつも、同様の思い上がりは、テレビ業界の中に往々として存在する。このような類の発言を聞きながら、テレビ業界の凋落への予兆を確信した。 続きを読む
livedoor blogの政治カテゴリー・最新記事一覧を見ていたら、次のblogを見つけました。既に、決まった感すらある総裁選、実際には、その裏側で、政治家の声に出せない声があるのかもしれません。
それにしても、つくづく時代が変わったな〜と痛感します。この筆者の方が、多数派工作に巻き込まれる中で、仮面の告白をしていると思うと、何か微笑ましいですね〜。
総裁選はともかく、「政治部文化」について綴った一文、趣き深いものがあると思います。それこそ、政治家にこれやられたら、番記者(担当記者)もお手上げではないでしょうか?
・仮面の告白〜某党代議士の声に出せない声
それにしても、つくづく時代が変わったな〜と痛感します。この筆者の方が、多数派工作に巻き込まれる中で、仮面の告白をしていると思うと、何か微笑ましいですね〜。
総裁選はともかく、「政治部文化」について綴った一文、趣き深いものがあると思います。それこそ、政治家にこれやられたら、番記者(担当記者)もお手上げではないでしょうか?
・仮面の告白〜某党代議士の声に出せない声
ここ10年くらいでしょうか。政治家のテレビ出演やワイドショーで政治を取り上げる機会が格段と増えてきています。最近では、政治家の売り出し方の主な手段として、テレビ出演が重んじられているような風潮があります。
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二日前のblogに関連して。
「東京高裁:NHK記者の証言拒絶認めた地裁決定を支持」(毎日新聞)
さすがと言うか、やはり高裁はまともです。それにしても、これだけ地裁・高裁の判決が異なるのもいかがなものかと思います。
「東京高裁:NHK記者の証言拒絶認めた地裁決定を支持」(毎日新聞)
さすがと言うか、やはり高裁はまともです。それにしても、これだけ地裁・高裁の判決が異なるのもいかがなものかと思います。
地裁判決なので目くじらを立てるまではないものの、「国家公務員から取材、記者に証言拒絶認めず…東京地裁」の東京地裁の判断には異議を唱えたいと思います。
私は、ジャーナリストではないため「国民の知る権利」を大上段に振りかざすべき立場にはありませんが、この地裁判決で重きを置いている「国家公務員の守秘義務に反して得られた可能性」を拡大解釈し厳格適用するならば、事件取材も含めた全ての行政取材に制約を与えかねない忌々しき問題だと警鐘を鳴らします。 続きを読む
私は、ジャーナリストではないため「国民の知る権利」を大上段に振りかざすべき立場にはありませんが、この地裁判決で重きを置いている「国家公務員の守秘義務に反して得られた可能性」を拡大解釈し厳格適用するならば、事件取材も含めた全ての行政取材に制約を与えかねない忌々しき問題だと警鐘を鳴らします。 続きを読む
50万以下の罰金を科すための建築基準法違反容疑で、全国115箇所という異例の大規模捜索が行われました。重要性の原則からすると?な捜査ですが、それはそれ、捜査の常套手段、別の容疑に移行するための突破口なのでしょう。
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先日、尼崎列車事故現場にて、メディアの方々の取材に対して疑問を抱いたことがあります。それは、献花に訪れたご遺族、関係者の方々のお気持ちに土足で入り込むような質問が投げかけられていたことです。無論、ジャーナリズムにおいて、事件や事故の被害者の気持ちや背景等を伝えることは、社会に問題提起を行い、同じような被害を繰り返さない重要性を喚起するために不可欠なことです。
さりとて、悲しみに打ちひしがれているときに、被害者の気持ちを推しはかることなく、紋切り型の質問が浴びせられるならば、それは拷問にも等しいようなことなのではないでしょうか。
真実を伝える、あるいは、社会正義を追究することが、メディアの責務だとするならば、その一方で、被害者の気持ちを察する。事故現場でのメディアの方々の態度を拝見していると、そんな思いやりがあってもいいのではないかと思わざるを得ませんでした。
事故現場で取材を続けるご労苦はお察し致しますが、「もし、自分の身内が被害者の一人だったら」、そういう相手の立場に立った気遣いをして頂きたいと思いました。
フジテレビを巡る問題は、SBIの登場で新たな局面を迎えたような気がします。そこで思うことは二つ。
一つは、結局、資金力には勝てないのかなということ。もう一つは、一連のプロセスにおいて、メディアの経営者ほど、経営者としての資質に欠ける人種も少ないということです。ましてや、普段、政治や行政を「柵(しがらみ)に雁字搦(がんじがら)め」と批判しているだけに尚更なことだと思います。
以前、指摘したように、メディアこそ自己の利益を侵されない範囲内においてはこの上なく資本主義的にもかかわらず、一方で、侵食の危機に瀕した自己利益を、ジャーナリズムという錦の御旗を立てて理不尽に守っているに過ぎない。
優れた野球選手が優れた監督ではないことと同様に、優れたジャーナリストが優れた経営者ではない。そういうことなのだと思います。にもかかわらず、メディアサイドからは、「公共放送」という詭弁しか聞こえてこない。深夜の卑猥な番組、あるいは、暴力を助長しかねない報道を野放しにしながら「公共」を説く。視聴者が納得しますかね〜?
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一つは、結局、資金力には勝てないのかなということ。もう一つは、一連のプロセスにおいて、メディアの経営者ほど、経営者としての資質に欠ける人種も少ないということです。ましてや、普段、政治や行政を「柵(しがらみ)に雁字搦(がんじがら)め」と批判しているだけに尚更なことだと思います。
以前、指摘したように、メディアこそ自己の利益を侵されない範囲内においてはこの上なく資本主義的にもかかわらず、一方で、侵食の危機に瀕した自己利益を、ジャーナリズムという錦の御旗を立てて理不尽に守っているに過ぎない。
優れた野球選手が優れた監督ではないことと同様に、優れたジャーナリストが優れた経営者ではない。そういうことなのだと思います。にもかかわらず、メディアサイドからは、「公共放送」という詭弁しか聞こえてこない。深夜の卑猥な番組、あるいは、暴力を助長しかねない報道を野放しにしながら「公共」を説く。視聴者が納得しますかね〜?
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相も変わらず、NHKと朝日新聞の不毛な泥仕合が続いている。私は、この水掛け論を下らないと思いながら眺めている。両者の思いも主張も理解できないではないが、朝日新聞の即座に「司法の判断を仰ぐ」という姿勢は好きではない。第四の権力と称されるジャーナリズム。今回の泥仕合から、いかに視聴者及び購読者に関係の無いところに、ジャーナリストと称される方の意識があるかということ。更には、問題解決への対話の重要性、あるいは、古き良き日本の精神への回帰を説きながら、トラブルは即法廷という意識であるという、寛容性に欠如した自家撞着に陥っているか。そして、常日頃、「国民不在」、あるいは、「消費者の目線」などと御託を並べながら、そんなジャーナリスト自身が、いかに(情報の)受け手と関係なく取材活動をしているか。その一端を如実に標榜した出来事ではないのかと思わざるを得ない。所詮、殿様商売を行う特権階級に過ぎないのだ。(そのことは、彼らの給料水準からしても明らかではあるが)個人的には、裏取り(事実検証)と誇張表現に多少の難はあれど、真の意味でジャーナリストとしての精神を存続しているのは、フリージャーナリスト位ではないかと思う。
NHKへの政治介入問題が取り沙汰されているが、どうも腑に落ちない。この手の話に限らず、時折、「政治介入」や「政治圧力」などの言葉が用いられることがあるが、政治の世界に身をおいた経験がある立場からすると、受けての過剰反応ではないのかと思う。一般論として、世間で思われているほど政治家は理不尽なことはできない。「しない」のではなく「できない」のである。とは言え、日常的に、政治的介入の話が飛び交う現状がある。個人的には、半分程度は実際にあって、半分程度は(政治家の)周辺にいる人たちが(政治家の名前を)利用しているというのが実際のところではないかと思う。
さて、「NHK政治介入」問題であるが、個人的にはあまり関心がない。常日頃の、NHKと政治家との距離感を鑑みれば、痴話喧嘩のような話だ。既に、新聞紙面に踊っている記事は、メディア間競争の思惑と打算に満ち溢れており、事実関係を把握するという意味で、最早、一人歩きを始めている。
私は、表現の自由に関する話題には、比較的、リベラルにメディアよりな主張をすることが多いが、今回は、事実関係は別にして、1.政治介入を受けて態度を変えるという報道姿勢、2.番組制作過程におけるチェック体制の甘さ、に問題があると指摘したい。そして、何よりも、NHKが、そもそも、(特に政治家とは)特殊な関係を構築する媒体であることを、ジャーナリズム論としては問題にすべきではないだろうか。
さて、「NHK政治介入」問題であるが、個人的にはあまり関心がない。常日頃の、NHKと政治家との距離感を鑑みれば、痴話喧嘩のような話だ。既に、新聞紙面に踊っている記事は、メディア間競争の思惑と打算に満ち溢れており、事実関係を把握するという意味で、最早、一人歩きを始めている。
私は、表現の自由に関する話題には、比較的、リベラルにメディアよりな主張をすることが多いが、今回は、事実関係は別にして、1.政治介入を受けて態度を変えるという報道姿勢、2.番組制作過程におけるチェック体制の甘さ、に問題があると指摘したい。そして、何よりも、NHKが、そもそも、(特に政治家とは)特殊な関係を構築する媒体であることを、ジャーナリズム論としては問題にすべきではないだろうか。






















