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【PFI(PFI事業・病院PFI)/公立病院経営/医療全般】

平成23年度都市・土地・PFI税制改正に対する要望((社)日本経済団体連合会)

 またまた、自分のメモ用のブログです。

 「平成23年度都市・土地・PFI税制改正に対する要望」((社)日本経済団体連合会)

1.都市再生・地域再生を加速するための施策

 (1) 都市再生促進税制の延長
 (2) まち再生促進税制の延長
 (3) 総合特区制度等に係る税制の創設
 (4) Jリート・SPCに係る不動産取得税の課税標準の特例の延長
 (5) 市街地再開発事業促進税制の延長
 (6) 認定事業用地適正化計画に係る特例の延長・拡充
 (7) 都市の緑の創出に資する緑化施設に係る固定資産税の特例措置の延長
 (8) 事業用資産の買換え特例の延長

2.民間活力の活用促進に資する施策(PFI税制)

 (1) サービス購入型・BOT方式のPFI事業に対する資産課税の非課税化
 (2) BTO方式のPFI事業に対する資産課税の非課税措置の運用改善
 (3) 契約期間に見合った償却制度の導入
 (4) 大規模修繕等に備えた修繕積立金制度の創設

病院PFIはどこに向かうのか?(6) −SPCだけ黒字が感情的対立へ−

◎主体(母体)」と「SPC」の関係性を的確に理解すべし
 
 「母屋でおかゆをすすって、離れですき焼きを食べている」。これは、とある大物政治家が一般会計と特別会計の関係性を称した言葉である。病院PFI議論においても、このレトリックと似た要素が、感情的なしこりの一因となっている節がある。

 具体的には、「病院が赤字なのにSPCが黒字である」といった現実だ。もっぱら、関係自治体の議会は、このレトリックで批判をし、それを、メディアが報道している。だから、“病院PFI”といった手法自体が悪玉論になっている。同時に、“病院PFI”議論をめぐるボタンの掛け違いの一因でもある。ゆえに、“病院PFI”議論を前向きなものとしていくためには、“SPC”に対する理解が必要となる。


◎病院PFIにおいてSPCは黒字を出してはならないのか?

 病院PFIにおいて、SPCは、コンソーシアムの代表企業からの「出資」と「サービスの対価」のみが収入となる。また、長期借入は、「銀行」や「代表企業」からの調達となることから、財務的基盤の脆弱性がある。ゆえに、単年度黒字化は、当然求められる動機づけであって、収入の範囲内で運営していきながら経営黒字化を目指すのは至極真っ当なことである。

 この点を理解せずに議論が進んだ結果、病院本体が赤字を計上するにも関わらず、(共同経営者と誤解することにより)サービス会社のSPCが黒字なのはおかしいといった主張に繋がっている。それが、やがて、感情の議論となり、「医師や看護師が汗を流して働いているのに病院は赤字、サービス会社は黒字。これは極めて理不尽でおかしい」というのが昨今の議論であろう。
 
 しかしながら、PFIの原則として、SPCは「要求水準書」に書いてあること(=契約内容)を、「要求水準=(求められているサービス水準以上)」で行えば、「定額支払う」というスキームが大前提となっている。これは、「契約」で定められている。ゆえに、契約によるならば、病院が赤字で、サービス会社(SPC)が黒字という点自体は、批判されるべき点ではない。本来、批判の対象となるのは、「要求水準の甘さ」、及び、その「策定者の責任」であろう。

病院PFIはどこに向かうのか?(5) −病院PFIという幻想−

◎病院PFIに対する誤った“幻想”と“思考停止”による努力の放棄

 病院PFI議論は、公的病院の経営・組織のあり方や経営責任のあり方についての検討項目の一つとして登場した。そこに、「民間ノウハウの導入」という安易なキャッチフレーズでPFIを持ち込み、民間の経営エッセンスが入ると、手放しで全ての非効率が改善されるとの幻想を抱いていたことが“病院PFI”議論の不幸の始まりである。

 もともと、多くの地方自治体が病院整備に多額の借金をし、運営段階でも赤字を抱えている病院事業において、民間資金を導入して整備・運営を行い、かつ運営期間終了後には所有権まで移転してもらえるスキーム(BOT)は、魅力的な“丸投げ”に映った。そして、“民間委託”=“大丈夫”といった責任者である行政側の誤った理解を内包したまま、今日まで至ったと捉えるのが、意外と、正しい理解ではないだろうか。


◎包括的医療請負サービスを“共同経営”と誤解していないか?

 これまでの先行事例を見聞きする限り、行政側に、「民間による包括的医療請負サービスは、病院経営の責任の一端を担うことに繋がる」との考えが、「責任の一端を担うのならば、経営赤字の応分負担は当然だ」といった拡大解釈を生みだしているのではないかと受け止めている。

 本来、公立病院の経営そのものは、最終責任は主体(母体)である行政にしか存在しない。それが、“病院PFI”という言葉の響きが持つマジック(不幸?)ゆえに、キチンと理解されぬまま、“共同経営”のような錯覚に陥ってしまっている。各事例における議会の論調を見る限り、この点を顕著に感じることができる。

 一方、SPCの側は、「委託の延長」という位置付けであり、そもそも、「経営計画策定にすら参加していない」ことなどから、共同経営という意識もなければ、そういった批判を受け入れる素地はない。いわば、当たり前の“ビジネス”である。

 そこに、公立病院の現場責任者が異動を繰り返し、利害関係者の“責任の所在”が曖昧なまま、SPCに責任をすり替えるのに都合がよい環境が出来上がった。“責任の所在”については、別途、“病院PFI”手法の改善に向けた議論を要する部分ではあるが、本来、「経営計画」をはじめとした全てのチェック機能を果たすべき議会の機能性自体が問われるべきではないかと考える部分もある。とは言え、極めて専門性を要する(専門家が限られている)“PFI”議論において、議会における本質的な議論、あるいは、チェック機能を高めていくことは困難であり、地方自治の限界といった側面もあるだろう。

病院PFIはどこに向かうのか?(4) −病院PFIの懸案事項−

 近江八幡総合医療センター(以下、「近江」)・高知医療センター(以下、「高知」)の事例を通じ、乗り越えるべき幾つかの課題点が明らかになったのではないかと考える。以下、その点を列挙したい。

◎病院PFIの利害関係者の構図と、専門性に起因する特性

 近江(地方公営企業法一部適用)を例に、病院PFIの利害関係者を挙げてみると、設立・運営母体は「市」、医師や看護師などの医療スタッフは「市職員」、患者は「市民(住民)」である。また、SPCは病院の契約相手であるとともに、「病院=市」と「患者」の双方にサービスを提供するといった構図がある。

 しかし、この構図においては、「医師は患者を診るだけでいいか?」、あるいは、「医療行為は医師、それ以外の周辺業務はSPCと切り分けできるのだろうか?」といった“業務の線引き”の点で、ある種の曖昧さがあることは否めない。つまり、隙間業務や業務の重複が発生していたのである。

 一方、医療の世界は、医師を中心とした“独特”のヒエラルキーがあり、ライセンスの重さで権限が変わる部分がある。これは、他のPFI、例えば、庁舎整備・管理PFIや市民センター整備・運営PFIなどとは異なった医療(病院)の特性による。具体的には、急病患者には緊急に対応する必要性があり、マニュアル抜きに臨機応変な対応が求められる。あるいは、飛び交う会話で、専門性を要する言葉を用いるなど、“十全なコミュニケーション”が円滑な運営に欠かせない要素となる特性がある。“PFI”という手法を杓子定規に論ずる前に、まずは、“病院PFI”における利害関係者の構図と特性を理解して頂きたい。


◎公的医療の不採算容認による“甘えの構造”からの脱却の必要性

 冒頭の2案件の破綻の直接的原因を求める主旨ではないが、「公務員の経営感覚の無さ」、言いかえれば、「公的医療における不採算の容認に因る甘えの構造」といった問題を看過する訳にはいかないだろう。

 公立病院を、地方公営企業法の一部適用や全部適用で経営する場合、事務担当者・実務者が、2〜3年の短期間で異動するなど、そもそも、結果責任、経営責任が問われにくい構造がある。ここでは、各種の評価制度自体の詳細な議論は避けるが、公務員ゆえ、減俸や左遷などの勤務評価制度も現実的には機能しておらず、それが、経営における甘さの一因と、財務体質改善や効率化に対するモチベーションの低さとの関連性もあるだろう。

 一方、公立病院は、不採算医療を提供するという目的趣旨から、不採算部分にかかる不足分は公金(税金)による補填が認められている。この部分の考え方が形骸化し、「不採算医療」と「不経済運営」が混同され、公金投入が恒常化した側面は否めない。

 昨今、監査法人や税理士法人などによる、病院コンサルティング(計画立案支援)業務の受注が大盛況なことからすると、経営数字に厳格である民間との意識の格差は、まだ、改革の道半ばといった受け止め方をするべきではないだろうか。


◎公的医療の位置付けの曖昧さ、公的医療の再定義を

 公的医療機関を対象としてしか存在しない“病院PFI”議論は、主体(母体)の議論と、公的医療の位置付けの議論、この2点無くして本質的な議論をすることはできない。主体(母体)の議論に関しては、「病院PFIはどこに向かうのか?(3) −“病院PFI”のその前の議論−」の中で述べたが、ここでは、公的医療の位置付けについて述べたい。

 戦後復興のなかで、莫大な投資を要する医療を、公的機関が担う意義は高かった。しかし、民間病院が増え、その機能性も高まっている昨今においては、一部において、その役割を終えている病院があるとの前提で、設立目的の検証が十全に行われていないことを指摘したい。

 公的医療機関といっても、国立病院や大学病院、自治体立病院、病院企業団立病院、赤十字病院、済生会病院など多岐にわたり、その役割についても、規模や立地、経営形態、対象疾患、専門分野、また近隣の医療機関との連携方法など地域住民の特性に応じて変わってくるため、一括りで検証することはできない。

 しかし、国における医療政策推進の立場や地域医療のあり方から、真に必要としているサービスか、民間医療機関の代替機能はないか、不採算でありながら非効率・不必要なサービスでないかといった、官民オーバーラップしたサービスや時代に不適合な医療サービスは整理統合も視野に入れてスクラップビルトの議論が欠如していないかということである。道路網も鉄道網も整備され、情報インフラも格段に向上した中で、医療も広く議論されて良い。

 議論の中で避けて通れないものとして、「廃止する」、「民間委譲する」といった選択肢の検証がある。この背景には、この国の医療インフラ再構築の議論があってしかるべしではあるが、国民生活に不可欠な医療インフラ再構築という大きな枠組みのなかで、公的病院も含めた各病院の位置付け、即ち、公的医療の再定義を行うことが賢明である。そのことをおざなりにした“病院PFI”の議論は、そもそも論として不毛なのである。本来、医療インフラの全体最適化の議論において行われるべき部分最適化議論である“病院PFI”が独り歩きしているのが現状なのである。

病院PFIはどこに向かうのか?(3) −“病院PFI”のその前の議論−

◎公立病院の赤字垂れ流しは問題!が議論のスタート −病院PFIは時代の流れ−

 近年、大手メディアの上辺だけの取材で悪玉となりつつある“病院PFI”。この議論を本質的なものにするためには、「何故、病院PFIなのか?」という入り口の議論、具体的には、「全国の公立病院は赤字を垂れ流し続けていいのか?」といった議論を押えておく必要がある。

 もともと、戦後の復興で基本的な社会インフラが50年代-60年代に整備された。そして、規模の大きな自治体や広域連合で生活の質の向上を目指して、公的・公立病院が60-70年代に整備された。その時期から30年以上経過し、施設の老朽化による抜本的な建て替えが近年求められている。時期を同じくして、行政において、財政再建が重要な柱になるなかで、時代の流れとして“PFI”という手法に着目された経緯がある。


◎公立病院の設立母体の議論と整備手法の議論(「直発注」or「PFI発注」)は違う!

 しかし、“PFI”は、単に、手法に他ならず、公立病院である以上、その地域の状況にあわせて、住民ニーズに応じた医療サービスの提供こそが使命であり、その目的達成のためにグランドデザインを描いていく必要がある。行政機関であれば、マスタープランや基本構想レベルで方向性を固めており、その議論こそ、本来、重要な“本丸”の議論なのである。

 そして、経営計画に最適な病院整備計画が盛り込まれ、はじめて、PFI手法の是非が検討される。“病院PFI”の議論の前に、必ず、設立母体の議論が存在するのである。


◎まずは、公立病院の設立母体の真剣な議論を
 地方公営企業法一部適用・同法全部適用・独立行政法人・指定管理者・民間委譲

 病院は、イニシャルコストが多大な上に、装置産業的要素(医療機器のレベル=治療のレベルという側面)と、調べてみただけでも、専門職種(医師・看護師・助産師・臨床検査技師・薬剤師・放射線技師・リハビリ技師・視能訓練士・臨床心理士・臨床工学技士・診療情報管理士・介護福祉士・管理栄養士…など)による労働集約型産業の側面があり、その設立には、膨大な資本力を要する。ゆえに、公的資金を用いて設立されてきた背景がある。

 自治体が自前で設立・運営する公立病院の場合、地方公営企業法の一部適用で対応することになるが、例えば、地下鉄や上下水道など、事業規模が大型になる場合、「経営」と「責任」に自主性を持たせる主旨から、地方公営企業法の全部適用で対応することになる。

 しかしながら、公務員総数削減機運が高まるなかで、思うように、専門職種の増員減員ができないといった事情もあり、独立行政法人化するなどして、公務員の身分ではない者に政策医療を担わせるといった選択肢が模索されたのである。

 一方、川崎市のように、聖マリアンナ 医科大学が指定管理者で丸ごと受注しているケースもある。これは、母体が安定していて病院のような専門的な領域においては優位な形態であろう。例えば、新潟市は救患センターを医師会が 、横浜みなと赤十字病院 を日赤が、同じ横浜市は病院協会が受けている例がこれである。

 また、地元福岡県の場合は、公的要素が非常に強い精神病院を除いて民間委譲という選択肢を取っている。しかし、福岡県の場合は、「福岡市」「北九州市」という2つの政令指定都市の存在、更には、九州大学・福岡大学、久留米大学、産業医科大学と4つの大学病院を有し、病院の配置不足がない稀な環境だからこそ民間委譲できた面があると言えよう。

 公立病院の設立母体には、このような、地方公営企業法一部適用、同全部適用、独立行政法人、指定管理者、民間委譲の選択肢があり、その中で病院を整備する手法として、直発注するか、PFI発注するかという整備手法の議論が存在する。そして、(詳細な議論は割愛するが)従来の直発注の場合にコスト高となった各種要因を取り除くために、“病院PFI”として、長期委託と包括委託を一括発注する。

 “病院PFI”議論の動向を見る限りにおいては、手法の是非論にばかり注目が集まっている稀有な状況であるが、“病院PFI”を議論する前に、その公立病院の使命に応じた設立母体のあり方の議論が存在する。その点をおざなりにした“病院PFI”議論がひとり歩きしているのは本末転倒な話である。

病院PFIはどこに向かうのか?(2) −失敗から学ぶは許されないのか?−

◎病院PFIの改善に向けた動き −短期的視点による短絡的評価を懸念−

 “病院PFI”第一世代の先行きが混迷を極める一方、第二世代と位置付けられる東京の案件(多摩広域基幹病院小児総合医療センター、がん・感染症医療センター、精神医療センター)以降、全て、「設計」、「建設」、「施設維持管理」、「医療関係運営」が病院PFIの対象範囲に含まれている。これらは、供用開始されていない状況であり、その効果を検証する段階にはないが、創意工夫を凝らした事業は運営においてこれまでと差がつく可能性もあれば、全部が失敗する可能性もある。要は、全てがこれからの話なのである。拠って、現段階では、幾つかの“病院PFI”案件が供用開始から短期間であるにもかかわらず、芳しくないことだけを理由に、“病院PFI”自体を否定する根拠(材料)に乏しいことを指摘したい。

 また、近江八幡総合医療センターPFI解約以降、引き続き、検討が進められている「神奈川県立がんセンター」、「京都市立病院」、「長崎市立病院」などにおいては、より一層、東京都3案件を含めた選考事例の検証を踏まえたプランを検討している段階であろう。個別案件の報道を見聞きする限り、本質ではない瑣末な議論が繰り返されていることを危惧する限りではあるが、全国の75%の公立病院が赤字を垂れ流している事実(06年)に鑑みれば、“病院PFI”をこの国の風土や文化に根付いた手法としてトライアルアンドエラーを繰り返している最中と、しばし見守るべき段階ではないだろうか。

 一方、事業者の側(大林組、オリックス、設計事務所、医療事務、医療材料調達、給食サービス、病院コンビニ、医療材料搬送など)が、経験に基づき内容が顕在化する問題点をかなり精緻に精査しつつあるとの声も耳にする。公共が絡んだ試みに、“完璧”を求める傾向があることが、この国の可能性を頭打ちにする遠因でもあるが、供用開始から数年足らずの失敗案件が幾つかあっただけで、“病院PFI”そのものを否定することは、些か、拙速な判断だと指摘したいとともに、関係者の試行錯誤に声援を送りたいところである。


◎病院PFIを取り巻く着目すべき外部環境 −“木を見て森を見ず”進む議論−

 供用開始から数年で、案件の供用母体(cf.近江八幡…「近江八幡市」と「大林組」、高知…「高知県及び高知市の一部事務組合」と「オリックス」)の間に隙間風が吹き始めた第一世代病院PFI案件。この問題の原因を検証し、議論を繰り返し、改善していくうえで、外部環境の影響が大きいことを指摘したい。

 ざっと思いつくだけ列挙してみても 、医療の視点では、小泉医療改革の社会保障費削減、医師の偏在による不足、診療報酬制度変更なども含めた看護師不足、医療の高度化、医療訴訟の増加、モンスターペイシェントの増加、診療費不払いなど。自治体の視点では、地方自治体の財政健全化の流れ、国の構造的視点では、不景気ともなう税収減、人口の都市集中化と地方の過疎化、少子高齢化などがある。そして、これらが、複合的に重なる状況下において、病院経営上の赤字累増懸念、地方自治体の財政再建団体懸念といった圧力が高まった最中に第一世代の“病院PFI”はあった。

 と同時に、このような状況下における公共の新設事業は、起債費率上昇と減価償却費の増大に悩むことになり、幸か不幸か、総務省による「公立病院改革ガイドライン」の策定と時期が重なることとなった。つまり、解り易く言えば、巨額の赤字に自治体が焦り、赤字を生み出す元を断つという短絡的なマインドセットのなかで“病院PFI”の解約が検討されたのである。(※解約することは、病院の経営が好転することを直接的に意味しない。病院の収入=「患者単価」×「患者数」。)

 昨今、“病院PFI”議論が、あまりに短期的な視点に立ち、“木を見て森を見ず”の議論として進んでいることに、改めて、警鐘を鳴らしたい。

病院PFIはどこに向かうのか?(1) −病院PFI悪玉論に疑問−

◎病院PFI悪玉論に見え隠れする“詭弁”と責任回避の“エクスキューズ”

 昨年末、滋賀県近江八幡市立総合医療センターのPFI事業契約が、09年3月末日付での解除合意がなされたことは記憶に新しい。一方、高知医療センターにおいても、「経営改善のためにPFI事業を継続しないことも視野にいれる」と、解約に向けた協議が続いている。

“病院PFI”第一世代として知られるこれらの案件の先行きが怪しくなった途端、「病院にはPFIは向かない」、「直営に戻すべきである」 との声が台頭し始めてきた。そして、その失敗の理由が、本来、“手法”であるはずのPFIに求められている現状、つまり、“病院PFI”悪玉論は、“PFI手法”を全くもって理解していない不勉強の輩の詭弁か、あるいは、当事者の責任逃れのエクスキューズに他ならず、その点を指摘できないメディアの見識の浅さは、甚だ、理解に苦しむところである。


◎病院PFIの「目的」と「責任の所在」を見失わない議論を

 そもそも、PFIとは、「民間資金、民間ノウハウ 、資金調達力、管理能力を活用し、公共施設の整備、維持管理、運営を実現する一つの手法のこと」である。まずは、あくまで、“手法”であり、その“手法”を用いて実現すべき目的は別のところにあることを理解しなければならない。大手メディアを中心として“PFI議論”が矮小化されていることは、この根幹部分を理解していないことに起因している。

 本来、“PFI”手法を用いる目的は、「安くて良質なサービス、かつ安定的な経営を行うこと」であり、この目的を公立病院に適用し、医療関連施設整備とその運営に、“PFI手法”を採用する考え方が“病院PFI”であることを再認識して頂きたい。ここで重要なことは、病院PFIにおける経営の実務は「公共側」が持つ点にある。つまり、そもそも、“手法”としてのPFIに批判の矛先が向くことなど現実的にはあり得ず、批判そのものは経営実務に対する責任の所在は公共側にしか存在し得ないのである。


◎病院PFIの適用範囲を見極めろ −近年、設計から運営までの包括型傾向に−

 ひと口に“病院PFI”と言っても、冒頭の2案件を含めた初期段階(第一世代)においても、PFI手法の適用範囲が異なるため(以下参照)、“病院PFI”とひと括りに議論すること自体、議論の入り口からして間違っている。ゆえに、当然のことながら、“病院PFI”議論が明後日の方向で行われ、“病院PFI悪玉論”という本末転倒な批判が行われている現状は、甚だ、片腹痛い惨状である。

【高知医療センター】
 △設計 ○建設 ○施設維持管理 ○医療関連サービス(*1)
【近江八幡市市立総合医療センター】
 ○設計 ○建設 ○施設維持管理 ○医療関連サービス(*2)
【八尾市立病院】
 ×設計 ×建設 ○施設維持管理 ○医療関連サービス(*3)
【島根県立こころの医療センター】
 詳細不明(*4)
※「*」印は、文末に注釈。

 大手メディアを中心とした“病院PFI”批判において、これらの点を考慮せず、十把一絡げで報道する報道姿勢、そして、何より、「“病院PFI”でなかったら上手くいったのか?」という当初の目的と相関関係のある点に議論が及ばないこと自体、この国の公立病院経営の更なる不幸のはじまりである。

 「“聖域”を御旗に、公立病院の赤字体質を容認し、その穴埋めに、際限なく税金が投入されても構わない」との国民的コンセンサスが得られない限り、“病院PFI”という手法を、試行錯誤を繰り返しながら改善していくしか術は残されていないと考えることの方が自然である。手法である“病院PFI”に批判の矛先が向かい、悪玉論として存在していることは、愚の骨頂極まりない状況なのである。


【注釈】

*1…VE提案と類推(以下出典より、H13.1に実施設計を開始(P.7)H13.2にPFIの検討を開始(P.8))
  顱高知医療センターHP:高知医療センター整備運営事業(pdf)
  髻総務省HP:(事例26)高知県・高知市病院組合高知医療センター整備運営PFI 事業(pdf)
*2…出典:PFI近江八幡株式会社HP:近江八幡市民病院整備運営事業
*3…設計と建設終了後(H10)、PFIを検討。拠って、設計・建設は市。
  顱テ盂嬋棕硲弌PFI事業導入の手引き:先行事例紹介16-1
  髻八尾市立病院維持管理・運営事業におけるモニタリングの状況
*4…以下より、建設・設計・施設警備のみと推察
  顱島根県立こころの医療センター(仮称) 整備・運営事業<実施方針>(pdf)
  髻島根県立こころの医療センター(仮称) 整備・運営事業<入札説明書>(pdf)

病院PFIはどこに向かうのか? −はじめに−

 物流業界に関連する仕事をはじめて約二年。その間、もう一つのライフワークであり、また、趣味でもある“病院PFI”に関する勉強を怠ってきた感は否めない。であるにも関わらず、とても、多くの方から「病院PFIに関して綴ったブログ記事」をご覧頂いたことを有難く思う。

 と同時に、存続の是非が取り沙汰された複数の当事者の方からご連絡を頂いたり、あるいは、情報交換を目的とした面会のご依頼をお受けしたりしたことは身に余ることと嬉しく思う。そして、未完成な新しい“手法”である“病院PFI”を手探りで切り開かれている方々の声にお応えできなかったこの二年間を率直に反省している。

 先日、“病院PFI”領域で知られるとある方から面会を希望するご連絡を頂いた。この二年間の情報のキャッチアップが十全であるとは言い難い状況において、ご面会をお受けすること自体、甚だ、僭越な話ではある。しかし、この国の行政課題の一つに、不採算医療に特化している一面があるとはいえ、「多くの公立病院が赤字を垂れ流して続けていいのか?」という問題が厳然として存在する限り、“病院PFI”などの新しい手法の活用を検討することは避けて通れない道でもある。

 そして、幾年にもわたる苦悩を乗り越え「公立病院の黒字化」に汗を流した父のDNAを持つ者として、将来、「この国の公立病院経営のあるべき姿を形作りたい」といった血が流れている自分がいる。ゆえに、今一度、自身の考え方や“病院PFI”の論点を整理するうえで、数回に渡り、“病院PFI”について綴ってみたいと思う。“病院PFI”業界でご尽力されている皆様におかれては、私のような実業としていないものが、このような文章を綴ることをお許し頂きたい。

PFIマニアの視点 〜最近、注目している病院PFI事業〜

 超多忙のため、趣味の“PFI”についてコメントできていない状況ですが、ここ最近、私が注目しているPFI事業を列挙したいと思います。ちなみに、「⇒」以降は、私の雑感です♪続きを読む

PFI改革案(内閣府)について(2)

 昨日に続いて「PFI改革案(内閣府)」について綴りたいと思います。(ご参考 PFI改革案(内閣府)について(1)続きを読む

PFI改革案(内閣府)について(1)

PFIの受注価格、資材高騰反映しやすく 内閣府改革案」(日経新聞)

 先日、日経新聞に興味深い記事が掲載されました。当方ームページは、意外と、「PFI」関連のキーワード検索でご覧になられている方も多いので、解説の意味も含めて、所見を述べたいと思います。最近、物流業界やら、マーケティングのことやら綴っておりますが、予てから、「将来的には、PFI領域の政策に取り組み、自身の専門分野としていきたい」との思いを抱いていますので、時折、PFIについて綴っていますことをご理解下さい。続きを読む

久しぶりに“PFI”について

 ここ半年、“物流”に関することばかり綴っておりますが、このブログの「PFI(及び、病院経営)に関する記事」、なかでも、懸案となっている「近江八幡市立総合医療センター」のブログ記事をご覧になられて、とある医療関係者の方から情報交換のご依頼をお受けしたので、メールにてご連絡申し上げるとともに、簡単な考え方を述べさせて頂きましたので、ご返信申し上げたメールから、私の考えを記述している部分を抜粋してご紹介申し上げます。

 以下、引用文。続きを読む

「近江八幡市立総合医療センター」関連報道

<現場から記者リポート>近江八幡市立総合医療センターを考える会 /滋賀」(毎日.jp)

 私自身のメモ代わりのブログアップです。近江八幡のように、官民双方にとって不幸な結果とならないように、私自身、理解を深めていきたいと思います。

“萎縮医療”問題は政治のリーダーシップで回避すべし

NICUの看護配置見直しを」(CBニュース)

 この(↑)ような医療関係の記事の中に、“萎縮”という言葉を見かけるようになりました。“萎縮医療”の危険性が叫ばれていますが、医療領域の中でも、“萎縮医療”問題のEXIT(出口)は、個々の病院に委ねる問題ではなく、政治が、行政とともに、率先してガイドラインを示していくべき問題ではないかと思います。“萎縮医療”の問題には、引き続き、注目していきたいと思います。

2008年4月14日「“医療安全調査委員会(医療事故調)”最終案

生き残る自治体病院、機能不全に陥る自治体病院

 「昨日のブログ」と「月初のブログ」を比較して明らかなように、前者は、公立病院を杜撰な運営をしている自治体病院の例です。

 診療報酬が全体的に抑制基調にある中、民間病院が経営効率をあげる様々な取組みを行っているにも拘らず、相変わらず“問題の先送り”で“無責任経営”を行っている公立病院と言っても過言ではないでしょう。続きを読む

【下関市包括外部監査の結果及び意見の概要(平成19年度)】を熟読してみる

平成19年度 下関市包括外部監査の結果及び意見の概要」(pdf)

 甚だ、マニアックで恐縮なのですが、昨年から、土日には、様々な行政資料に目を通すように心がけています。中でも、医療分野については、医療の中身は専門家に太刀打ちできないので、「医療経営」「病院PFI」という視点でこまめにチェックするようにしています。

 冒頭の資料、月初にご紹介した「東京都のケースと比較すると、非常に対照的だな〜と思いながら目を通しました。続きを読む

病院PFI関係の参考HP

 ネットで見つけたのですが、この方の“病院PFI”に対する考え方、非常に、共感できます。勿論、面識は無いです。船橋市の職員の方(?)のようですが、一度、情報交換などさせて頂ければと思っています。船橋市関連の方で、この方をご存知の方がいたら、引き合わせて下さい。市三役や市議の方とは面識ありますが、何か、そういうツテでご紹介頂くのも微妙だと思っていますので。

ご参考

Public sector Innovation and Value Added「Publiciva
パブリシヴァ マネージングディレクターのブログ「Publiciva : Ideas !

「医療安全調査委員会(医療事故調)」最終案

 自身のメモ代わりに、「医療安全調査委員会(医療事故調)」最終案に関する記事をご紹介します。萎縮医療の一因でもあるので、非常に、大事なテーマです。世論を巻き込んだ議論となっていないことに危機感を感じたので、ブログに掲載しました。

医療安全調査委 警察と裁判に持ち込む前に」(2008.04.06・読売・社説)
【主張】医療事故調 どう公正さを担保するか」(2008.04.06・産経)
解説:厚労省「事故調」案 医療現場の協力を優先 責任追及に配慮」(2008.04.04・毎日)

「精神医療センター(仮称)整備運営事業に係る事業者選定経過及び審査講評」について

精神医療センター(仮称)整備運営事業に係る事業者選定経過及び審査講評(pdf)」(東京都病院経営本部)

 先日のブログでご紹介した「都立松沢病院の公募結果講評」が発表されました。内容的には、バラ色に書かれている感じがしますが、いずれにしても、“複数のコンソーシアムが参加できる環境整備”が、PFI事業の一つの“肝”ではないかと思います。詳細な、内容は、以下のブログをご参照下さい。

ご参考 2008年3月24日「精神医療センター(仮称)整備運営事業

医療の“精神的支柱”存亡の危機

国立がんセンター:麻酔医が相次ぎ退職 手術にも支障
(毎日新聞/2008年4月3日)
国立がんセンター:千葉でも麻酔医退職 4人が1人に
(毎日新聞/2008年4月4日)
ICU医師全員退職へ 国循センター 執刀との分業困難
(産経新聞/2007年3月1日)

 このような記事を見ていると、これまで、この国の医療の“精神的支柱”とも言うべき機関が、十分に機能しなくなってきている現状は、患者はもとより、国民にとって多大なる損失ではないかと感じます。続きを読む
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