今週は、週末に、ブログの予定稿を書けていないので、ブログの更新が疎かになっています。と言うことで、先週、一週間に渡って書いた「“CHANG”で何を変えるのか?」というをご覧下さい。この“改善”の考え方は、私の全ての考え方に共通している部分なので、今一度、基本的な考え方としてご理解頂けると幸いに存じます。
「“CHANGE”で何を変えるのか?−はじめに−」
「“CHANGE”で何を変えるのか?(1)−「政治改革議論」の祭りのあと−」
「“CHANGE”で何を変えるのか?(2)−“改革”から“改善”の発想へ−」
「“CHANGE”で何を変えるのか?(3)−改善するのは“現場”−」
「“CHANGE”で何を変えるのか?(4)−的確な事実認識は、改善の第一歩−」
「“CHANGE”で何を変えるのか?(5)−“変える”から“変わる”へ−」
【基本的な考え方】
事実に基づき物事を判断するとき、「総論と各論」「全体と部分」というモノの見方、あるいは、「賛成と反対」という相対立するモノの見方のバランスの取り方と、あるべき姿の実現(ゴールを実現する戦略)に向けた「段階的な戦術の描き方」は非常に難しいものです。
何故ならば、マクロレベルで言えば、検討の最中にも事象は絶えず変化し、尚且つ、近年、マクロ的な要素の変化が早くなっているからです。ミクロレベルにみても、当事者である各々の立場の人たちが、従来の「価値観を変える」ことを迫られる、つまり、より、俗的に言うならば、(そのこと自体は誤った受け止め方ではありますが)“自己否定をされる”、あるいは、“これまでの人生を否定される”と感情的に物事を理解しようとする側面があるからです。 続きを読む
何故ならば、マクロレベルで言えば、検討の最中にも事象は絶えず変化し、尚且つ、近年、マクロ的な要素の変化が早くなっているからです。ミクロレベルにみても、当事者である各々の立場の人たちが、従来の「価値観を変える」ことを迫られる、つまり、より、俗的に言うならば、(そのこと自体は誤った受け止め方ではありますが)“自己否定をされる”、あるいは、“これまでの人生を否定される”と感情的に物事を理解しようとする側面があるからです。 続きを読む
昨今の政界を見渡すと、特に、与野党を問わず、ベテラン議員に遠慮をし、率直な発言を行なわない若手議員の存在、あるいは、良かれ悪しかれ“素人”である新鮮さを期待された若手政治家の“永田町の住人化”には、甚だ、残念に思い、大いに失望しています。
政治に、国民との距離感を縮める不断の努力する義務があるとするならば、あるいは、国民主権の民主主義を確立するという普遍の要素があるとするならば、ある一面においては、民主政治の放棄を意味します。ですから、各人が各人の目と耳で感じたこと、あるいは、統計的データや断片的な事実で感じたこととの間に違和感を感じるならば、最低限、そのことを声にする義務があるのではないでしょうか。
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政治に、国民との距離感を縮める不断の努力する義務があるとするならば、あるいは、国民主権の民主主義を確立するという普遍の要素があるとするならば、ある一面においては、民主政治の放棄を意味します。ですから、各人が各人の目と耳で感じたこと、あるいは、統計的データや断片的な事実で感じたこととの間に違和感を感じるならば、最低限、そのことを声にする義務があるのではないでしょうか。
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現実を正しく認識する、あるいは、現実を正しく啓蒙していくという点においては、ある種の“象徴的な存在”は必要だと思います。日産の“ゴーン改革”などは、その最たる例でしょう。しかしながら、そのような場合でさえ、日産を蘇らせた要因の数々は、各現場社員が各現場社員の担当範囲において、日々、地道な改善活動を地味に繰り返してきたからに他ならないのでしょうか。
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私は、初対面の方から、ラディカルな人間と受け止められる傾向があります。それは、忌憚無い物言いを初めとした、良かれ悪しかれ、私の言動によるものだと思われます。
しかしながら、全ての発言、あるいは、物事の考え方の根底にあるのは、感情的で刹那的な“CHANGE”という発想ではなく、事実に基づき課題を少しずつ改めていく“Improvement”の発想です。このブログでも繰り返し述べてる“小鮮を煮るが如し”という思想に基づいています。数年前、僅かの期間でありながらも、業務改善のコンサルティング会社に在籍したことは、よりその思想を強くする貴重な経験となりました。 続きを読む
しかしながら、全ての発言、あるいは、物事の考え方の根底にあるのは、感情的で刹那的な“CHANGE”という発想ではなく、事実に基づき課題を少しずつ改めていく“Improvement”の発想です。このブログでも繰り返し述べてる“小鮮を煮るが如し”という思想に基づいています。数年前、僅かの期間でありながらも、業務改善のコンサルティング会社に在籍したことは、よりその思想を強くする貴重な経験となりました。 続きを読む
今から15年前、“政治改革”をキーワードに政治が紛糾し国民を巻き込んだ議論が行われた時期があります。調度、私が高校生を卒業する頃で、“政治家になろうと”と思い出した頃の話です。当時、小沢一郎議員(現:民主党党首)が『日本改造計画』という著作を発表し、“当たりまえの国”を説きました。私自身も、その主張に触発され、“CHANGE”を期待した一人でした。
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月曜日夜9時、フジテレビ系列で木村拓也が主演する『CHANGE』というドラマが放送されています。久しぶりの政治ドラマということもあってか、政治家のブログなどでもこの番組についてのコメントが目立ちます。私も、何回か放送を見ましたが、永田町の感覚に立ち向かい国民の目線で物事に取り組む浅倉総理の姿勢には共感するものがあります。
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今、横浜駅近くのjonathan'sで原稿用紙に向かっています。店内には、始発を待つ若者のグループ、早朝登山に向かう人たちの集まり、酔い冷ましの人、そして受験勉強、あるいは学校の定期試験に挑むであろう学生の姿と、実に様々な面々が夜明けを待っています。政治という世界に身をおいて約10年。昨年から、民間企業に身を置きつつも、絶えず、頭の中では、国のあるべき姿、政治のあるべき姿を追い求めています。店内にこだまする笑い声を聞きながら、ふと、政治って、日常の生活においては、国や社会のことを無意識にするためにあるのではと感じたりもします。全ての国民が政治に抑圧的に関心がある社会、あるいは、全ての国民が政治に恣意的に関心がない社会、そのいずれの社会も不健全。 続きを読む
私は、これからのわが国の外交は、好むと好まざるに関わらず、第一に、アメリカと中国という両大国の支点として、両大国のバランスをとることが主務であると考えます。更には、アメリカやイスラム教国家の緩衝材、あるいは、平和的な紛争の解決に向けた橋渡し(平和的交渉の場の提供・主導)を行うことが二つ目の役割だと考えます。以上二点の役割を担うために、組織としては不完全でありながらも、多国間協調の話し合いによる解決の場である国連において、主導的な役割を果たすべく、安全保障理事国入りを強く推進すると同時に、国連改革の旗振り役を果たすことが、わが国外交にかけられている責務であると考えます。
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明けましておめでとうございます。昨年は、私にとりまして転機の年でした。自らが置かれる状況の変化の中で、多くのことに「気付き」を感じた一年でもありました。今年は、よりアクティブに、固定概念に縛られることなく、新たな可能性を希求して参ります。年頭にあたり、私の行動原則である「のぶ☆よしたか 「4つの責任」」をご紹介させて頂きます。二年前に書いた信条のため、些か文脈が適応していない点もございますが、その深淵に流れる精神は継投しております。改めまして、ご一読頂けましたら幸いです。また、二年間地元に暮らし、日々、地方を行脚する中で、あるいは、霞ヶ関・永田町の関係者と議論する中で、改めて、地方自治について考えております。今年は、平成の大合併の年。議員歳費や合併特例法の一時的な問題点もさりながら、それら諸問題を解決していくにあたり、意思決定の基準や理念が欠落しているように思います。この一年は、自分なりに地方自治を考え直す年にしていきたいと思っております。本年も、可能な限り、blogを更新して参りますので、末永くご愛顧賜りたくお願い申し上げます。
私は政治活動にあたり次の4つの「責任」を果たします。
1.私が政治理念および政策を主張すべき全ての有権者に対する責任。
2.私が政治活動を行うにあたり、共に働く全てのスタッフに対する責任。
3.私が産まれ暮らす地域社会、更には全世界の共同社会に対する責任。
4.次世代を担う参政権を持たない子どもたちに対する責任。 続きを読む





























