延☆嘉隆(のぶ☆よしたか)のストリートスマート宣言!

元祖ストリートスマート“延嘉隆”(のぶよしたか)のブログ コンテナ写真家・港湾写真家としての活動はコチラ
“プロフィールはコチラ”・職務経歴書はコチラ “よくあるご質問はコチラ” “連絡先はコチラ”   【写真で見る“延嘉隆”の足跡

【今までのご挨拶】

自ら活動して他を動かすは我なり

水五訓 皆様、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

 今年は、以前ほどの更新頻度は無いであろうものの、時折、私が今考えていること、思ったことを広く皆様にお伝えして参ります。続きを読む

37歳を迎えるにあたり −われいまだ木鶏たりえず −

 暑い毎日が続いておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

 私、おかげさまをもちまして、本日、37歳の誕生日を迎えることができました。これも、ひとえに、この世に生を与えてくれた両親や家族、そして、私がこれまでにお会いした全ての皆様方のご厚情の賜物です。節目の一日を迎えるにあたり、心から御礼申し上げます。

 さて、ここ数年は、すっかり政治の世界から離れ、一零細企業の経営者として、かけづりまわる毎日を過ごしております。皆様のご支援を受け、どうにか、首の皮一枚で繋がっている、そんな状況ではございますが、未曽有の不景気の時期に起業を経験させて頂いたことは、必ずや、今後の人生の糧になるものと確信しております。

 起業から一年間くらいは、肩に力が入り過ぎ、私自身の悪い癖が出ていたように思います。まさに、“われいまだ木鶏たりえず”といった未熟さが露呈した形でした。

 しかし、昨年の秋口からでしょうか、とあることをキッカケに、肩の力が抜け、自然体で事に臨めるようになりました。今振り返ると、文字通り、ピンチをチャンスに変えることができた瞬間だったと思います。

 その頃から、自然と、廻りに、気持ちの良い皆様が多くなりはじめ、最近は、身に余る素晴らしい方々に囲まれる毎日です。この瞬間をご一緒させて頂いている皆様とお会いできただけでも、苦労して起業した甲斐があったと感謝の気持ちでいっぱいです。

 一方、政治業界との関わり方を省みれば、起業したことで、物事の深層を見極める力がついてきたように思います。と同時に、嘗て、あれほどまでに抱いていた「選挙に出たい」という思いが消え、甚だ僭越ながら、「いずれ、その時期がくる」という境地に至るようになりました。

 今はただ、来たるべきその日のために、眼前にある一つ一つのことと、丁寧に、向き合っていくことで、今を“生きた証”を一つでも残せるよう全力で取り組んで参ります。

 最後に、今週一週間はブログ更新をお休みさせて頂きます。先日、最近の写真をまとめましたので、この20年の歩みを写真でお楽しみ下さい。


 ご参考 延嘉隆20年の歩み ※100枚以上の写真を掲載!

限りなきものと知りつつ 限りなきものを求めて

限りなきものと知りつつ 限りなきものを求めて 本日、35回目の誕生日を迎えることとなりました。ひとえに、この世に生を与えてくれた両親、いつも支えてくれた家族、そして、今までご縁を頂戴した全ての皆様方のご厚誼の賜物と、深く感謝申し上げます。

 さて、今年は、35回目の誕生日の朝を、日本一高い富士山頂で迎えることにしました。単純に、以前から、登ってみたいと思っていたのが一番の理由ですが、ずっ〜と、新しい何かが見えてくるのではないだろうか。今回は、そんな衝動にかられての富士登山です。


 また、お陰様を持ちまして、本年5月、5年間に渡って適用を受けておりました“連座制”も終わりました。晴れて、“常在戦場”の心境に至るとともに、改めて、身の引き締まる思いです。(ご参考 2008年5月15日「われいまだ木鶏たりえず −連座制(5年間)を終えて−)」)続きを読む

われいまだ木鶏たりえず −連座制(5年間)を終えて−

 今般、2003年5月より適用を受けておりました“連座制”(同一選挙区から同一選挙(=福岡6区からの衆議院議員選挙)への出馬制限)の適用期間が終了致しましたことをご報告させて頂きます。この度、一つの区切りを迎えることとなりましたが、改めまして、ご心配、ご心労をおかけした皆様方にお詫び申し上げます。続きを読む

われいまだ木鶏たりえず −独立二周年を迎えて−

ロゴ フリーランスとして独立してから丸二年を迎えました。独立当初は、苦しい時期もありましたが、どうにかこうにか現在に至っています。これも、ひとえに、どんなときも支えてくれる友人・知人、周りにいる全ての皆様のご声援の賜物です。改めまして、感謝申し上げます。続きを読む

The best way to predict the future is to create it.

 あけましておめでとうございます。

 横浜は青々と気持ちいい空が広がっています。年末に、ちょっとしたドタバタ劇がありましたが、結果的には、あるべき姿となり、新たな人との出会いに大いなる期待を予感することができた締め括りとなりました。

 今年は、“心機一転”、全速力で駆け抜けていきたいと思います。

 新しい年を迎えるにあたり、心新たに、行動原則「4つの責任(our credo)」を肝に銘じて参ります。

 当ブログをご覧の皆様方におかれましては、毎日更新を心がけて参りますので、引き続き、ご声援賜りたくお願い申し上げます。

All great things are simple.

延嘉隆(のぶよしたか) 本日、お陰様を持ちまして34回目の誕生日を迎えることができました。これも偏に、この世に生を与えてくれた両親、いつもワガママな私を受け入れてくれた家族、そして、今までご縁を頂戴した全ての皆様方のご厚意の賜物と、深く感謝申し上げます。

 今年は、年初からの約3ヵ月はベンチャー企業の経営陣として働き、春先からは、再度、組織に属さないインディペンデントコントラクターとして研鑽を積んでおります。振り返ると、一年間にわたるベンチャー生活を通じて、多くのことを学び、そして、経験させて頂きました。色んな意味で、非常に、意義深い一年間だったと思います。この一年間お会いした皆様に、心より感謝申し上げます。続きを読む

“独立の気力2007”

9c1b745f.jpg 独立してから丸一年が過ぎました。この一年間を振り返ると、念願だったベンチャー分野については、概ね、想定通りではあるものの、公共分野に関しては、全くと言っていいほど、活動に進捗のない状況です。この点は、大いに反省点が残ります。新年度は、引き続き、ベンチャー分野をベースにしながら、意識的に、公共分野の活動を行っていきます。続きを読む

「優しさ」と「希望」を伝える年

85d22e83.jpg 明けましておめでとうございます。昨年は、ベンチャー生活に明け暮れた一年間。年末年始のご挨拶をする暇も無く新しい年を迎えました。

 さて、毎年念頭に掲げております一年のテーマ、今年は、昨年に引き続き、より一層、「優しさ」と「希望」この二つをメッセージとして発することができるような一年にして参りたいと思っております。

 また、私の行動原則「4つの責任(our credo)」を堅持して参ります。

 皆様方におかれましては、引き続き、ご指導・ご鞭撻のほど賜りたくお願い申し上げます。

優しさの実行度

延嘉隆(のぶよしたか) 2006年は、『「優しさ」を実行する年』という課題を掲げて取り組んで参りました。本年を振り返れば、製造業の現場でマーケットのグローバル化と工場国内回帰の流れを体感しながら、春先に独立BSTVの経済番組ラジオ番組の仕事など、今までとは違った視点で社会を眺める貴重な経験をしました。そして、7月、ベンチャー企業への専従など、とにかく、経済分野の活動が顕著な一年でした。続きを読む

三十三歳を迎えるにあたり

 お陰様を持ちまして、三十三歳の誕生日を迎えることができました。この世に生を与えてくれた両親、家族、そして、今まで私が縁あって出会った全ての皆様方に、心より感謝申し上げます。続きを読む

「優しさ」を実行する年

tenderness 明けましてめでとうございます。年末から体調を崩し、些か、スッキリとしない状況で新年を迎えました。年始休みのうちに体調を整え、一月から精力的に動いていきたいと思います。
 さて、一昨年(2004年)は「感謝の年」、昨年(2005年)は「優しさ」に気づいた年だったと思います。そして、今年、2006年は、抽象的ではありますが「優しさを実行する年」にして参ります。続きを読む

2005年は「優しさ」に気づいた年

umi 大晦日になりました。今年一年、仕事、政治、プライベートに、本当に色々なことがありました。中でも、仕事における知識や政治に関する研鑽を積んだことは勿論のこと、何よりも、「優しさ」ということについて考えた一年だったと思います。その意味においては、私の人生において、何よりも不可欠な一年だったと痛感しています。続きを読む

サラリーマン延☆嘉隆 復活!

 10月になりました。今日から、日本道路公団は民営化、三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスは経営統合、三菱UFJフィナンシャル・グループへと衣替えしました。そして、私も、二ヶ月に渡る社会派のNEETを卒業、書類上は、本日から、再び、サラリーマンとして復活。当blogも、再度、「サラリーマン延☆嘉隆のblog」と改め再スタートします。続きを読む

幾たびか辛酸を歴(へ)て志始めて堅く

fzc お陰様を持ちまして32回目の誕生日を迎えることができました。この世に生を与えてくれた両親、そして、どんな時も支えてくれた家族をはじめ多くの皆々様に、改めまして感謝申し上げます。有難うございます。
 さて、既に、仕事関係者の皆様方にはご挨拶をさせて頂いておりますが、先月末を持ちまして、株式会社 船井財産コンサルタンツを退職致しましたことをご報告申し上げます。同社の平林社長から運とツキを頂き、同じ釜の飯を食った仲間と過した経験は、必ずや、将来の礎になると確信しております。続きを読む

田園都市構想を再検証する時

e812fd79.jpg 東京から地元に戻り約二年。落選、連座制という状況は決して好ましいことではない。しかし、ある意味、十分な時間があることもあり、地元の気になったことなどをじっくりと見て廻り、肌で感じることが出来るという思わぬ効果もある。負け惜しみではない。

 東京で秘書をしている時には、やもすると、効率性・合理性で全てを結論付けるような考え方に偏りがちだったと思う。確かに、社会主義的依存体質が蔓延(はびこ)る社会は、決して健全であると言うことはできない。しかしながら、ふるきよき日本の原風景を色濃く残す筑後地方で暮らすうちに、21世紀を生きるヒントがここにあるような気がするようになってきた。

 結論から言うと、自然と都市の融合である。

fall そんなことを考えながら、私は、改めて、一人の政治家を再評価すべきではないかと考えている。それは、故大平正芳総理大臣である。大平氏については、私が世代を超えて受けた薫陶として、当HP上、昨年11月15日のご挨拶文「小鮮を烹るがごとし 〜保守本流ということ〜」のなかで、大平氏の政治哲学について触れたことがある。

 私は、我が国が新しい世紀を生きるためには、今こそ大平氏が提唱した「田園都市構想」「環太平洋構想」「文化の時代」「産業基盤の充実」などの長期的視点に立った日本の生き方を再検証すべきではないかと切に思う。つまり、工的社会から農的社会へのゆるやかな梶を切るべきではないかと考える。

 殊に、彼が志半ばで実行することができなかった「田園都市構想」は、まさに、この筑後地方が目指すべきライフスタイルである。今後、我が国の生きる道として、「都市 対 地方」の過度な二極化ではなく、「都市と地方の融合」、即ち、共存共栄の形を模索する道を希求すべきだと思う。その意味でも、一歩立ち止まり、大平氏の足跡を再検証することが有意義なのではないかと考える。

 歴史に「if」はナンセンスだが、「大平氏が生きていたら」、そう考えた時、今日のような、全てにおいて殺伐とした社会ではなかったのではと思えてならない。

第三の自由・民主改革 〜地方主権への道〜

5fdac0c6.jpg 久留米広域合併協議会の議案が可決された。いよいよ新しい久留米へと歩み出す第一歩。同様に、今全国では、合併特例法の期限を前に、各自治体の合併に向けた動きが佳境に入っている。この平成の大合併の動きは、カネがないという動機付けが切っ掛けではあるが、中央官庁が地方を補助金で支配する現制度の事実上の崩壊である。

 しかし、地方分主権に向けた現実の動きは、あまりに小さくそのスピードが遅い。権限を委譲するならば、よりダイナミックに、且つ、迅速に権限の移譲を行うべきである。さりながら、権限を委譲する側の中央官庁は、「地方自治体、並びに、地方の政治家は、カネを渡すとろくなことをしない」との理由から、権限を委譲される側の地方自治体の未成熟を問題として危惧する。

 確かに、我が国の歴史を振り返ると、常に、何らかの権限をめぐる議論は「無知な国民は間違える」という性悪説に基づいている。例えば、参政権の議論など、その最たるものではないだろあうか。衆愚政治の危険が声高に叫ばれ、一般大衆に権限を付与することを頑なに拒んできた。

 しかし、私たちの先人たちは、権限の受け手が必ずしも十分な知識も経験もなく、成熟されているとは言えていない状況下ですら、国民の英知を信頼し、敢えて、数々の権限の移譲に踏み切ってきた。先達の英断を省みた時、試行錯誤を繰り返しながらも、100年前に抱えていたような国際社会の緊張は大幅に緩和し、今日の成長がある。無論、成長に伴う弊害も顕在化してきているが、総和としては良い方向に向かっている。

izutuya 地方主権が実現した時、あるいは、地方主権に至るプロセスにおいて、中央官庁に依存した地方自治体は、中央官庁において繰り返されてきた様々な問題を引き起こすだろう。しかしながら、そのことは過渡期の一現象に過ぎず、臆することなく地方に権限を委譲する歩みを続けていくべきである。そのプロセスにおける試行錯誤こそが地方自治体の成熟であり、自己責任のもとに、自立した個人による社会形成が成しえていく。

 地方主権への道は、第三の自由・民主改革である。そして、その成功は自治体の試行錯誤の連続にこそある。失政の理由を自己に求めてこそ、社会や人は真の意味で自立する。

面白き こともなき世に おもしろく

ca117403.jpg 明けましておめでとうございます。昨年は、地域の様々な活動に参加する中で、この国の歪みや矛盾という現実に直面しながら、中央と地方のあり方という視点に立ってものを考えた一年でした。同時に、永田町という混沌から離れ、地方で過ごすようになてから、不思議と、これまで以上に、外交も含めて国全体が俯瞰的に見えることに気づかされました。

 そして、昨年は、統一地方選挙、衆議院総選挙と怒涛の選挙ラッシュの年でもありました。統一地方選挙においては、多くの若手候補者が、「無所属」「無党派」を協調し、ただ「若い」ことだけを唯一の売りにして政治の刷新を訴えました。一方、総選挙においては、政党側の論理だけによる「政権交代の是非」が唱えられ、国民に何ら理念も政策も問わない選挙が行われました。

 選挙が行われたぐらいで、即座に世の中が変わるということはないのでしょうが、本当に、この国に新しい政治変革の種が芽生えたのでしょうか?政治哲学や理念、そして具体的な政策に基づいていない若い政治家の、変節という「新風」を感じながら、最近、このような疑問を抱いています。

 私は、一昨年来、「自立」と「共生」という、一見、相容れないかのような価値観の共存を模索しています。何故ならば、政治とは、確固たる理念や哲学に基づいた理想と、論理だけでは説明できない活きた現実とのギャップを政策という制度構築を行うことにより埋める作業だと考えるからです。

 今年は、目先の選挙や票の獲得のための行動ではなく、今、この国のどこが病んでいるのか、この国の行政の社会主義的依存体質からどうすれば脱却できるのかということを、自らが社会の現場に出て、リアルを経験することにより考えていきたいと思います。

 まずは、その第一歩として、近々、工事現場で働く予定です。不器用で遠回りかもしれませんが、文字通り現場主義が俺流ということでご理解賜りたく存じます。様々な場所での経験を、このHP上でもリポートしていきますので、今年もご愛顧の程、よろしくお願い申し上げます。

小鮮を烹るがごとし 〜保守本流ということ〜

 総選挙において、民主党は政権交代の旗をかかげ一気に政権奪取による改革を目指し、自民党は小泉純一郎という錦の御旗を立てドラスッティクな改革を求めた。私は、劇的な変化を求めたいずれの改革も、本来政治があるべき姿、菅直人氏の言葉を借りれば「最小不幸社会」の本質とはかけ離れたものではないかという疑念を抱いております。

 19歳の頃から約9年間、加藤紘一という政治家のもとで、日本という国が動くシステムと、その問題点を如実に垣間見て参りました。その加藤氏が、同氏の師である故大平正芳元総理から受けた薫陶の一つとして、「大国を治むるは小鮮を烹るがごとし」という老子の言葉があります。

 私も、同じく、政治というものは、鍋で小魚を煮るように、形を壊さないようコツコツと丁寧に行っていくものであるという意味のその言葉を何度も教えられたものでした。

 今、確かにこの日本という国は、出口の見えない袋小路に差し掛かっています。しかし、目の前に広がる地方の窮状を看過したところで、また、現実から逃げ出したところで、この国とふるさとの行く末に「希望」という出口が見えて来る訳ではありません。

 この国の景気を良くすることも、年金などの将来の不安を取り除くことも、一気に現状を打開する「秘策」などある訳がない。決して、テレビで一晩のうちにヒーローが作り上げられるように、簡単に成し得ることではないのです。

 須く、政治というのは、確固たる信念に基づいて、地道に民に説法を行うがごとく、地道な政策の積み重ねと、民意の自立を促す啓蒙活動の連続により成し得るものであると考えます。

 私は、例え時間がかかろうとも、刹那的なムードに流されることなく、この日本とふるさとの将来のためにどうあるべきか、次の世代に何を伝えるべきかという問いに、小鮮を烹るがごとく、一つ一つ、愚直に取組んでいきたい。これが、私の政治信念たる保守本流という考え方だと信じております。

 訴えることが出来ない総選挙が終わった今、「小鮮を烹るがごとし」、この言葉を胸に、政治に取組んで参ります。

この国のゆくえ 〜第43回衆議院総選挙を前に〜

 数日後に、総選挙が公示されます。最大与党自民党は、改革政党への変化を打ち出し、政策実行能力を、一方、最大野党民主党は、政権交代を唱えます。その最大の焦点とされているのがマニフェスト。

 私は、従来型の曖昧なスローガンを唱えるだけの選挙から、ある程度の責任が伴うマニフェストというものを通じて、より政策的な議論が行われることには賛成であります。

 しかしながら、今、我が国が置かれている国際状況、地方の現状を直視した時、単に、短期的な政策目標であるマニフェストだけを持って、国民に全てを問い掛けることに対し、一つの疑問を抱かざるを得ません。

 それは、この日本という国のあるべき姿、国家像の欠落ではないでしょうか。地球という星のなかで、我が国がどのようにあるべきなのか、そして、私たち日本人とは何なのか。その答えを背景に持たない政策など、単なる、文字の羅列でしかありません。

 総選挙を前にして、各党の政策を熟読する限りにおいては、少なくとも私には、日本という国がどこに行こうとしているのか、その明確な答えを見出すことが出来ません。

 例えば、総選挙の重点政策の一つ、イラク新法の問題を考えた時、今まで、我が国が、戦後歩んできた平和への道筋とは異質なものであり、国民的な議論が行われること無く、国家の質が変貌しようとしている現状を憂います。

 だからこそ、我が国が、そして、私たち一人一人の日本人が、この日本という国がどうあるべきかという国家像やアイデンティティーを議論することなく、帳面けしの手続き論だけが先行する今の政治の現状に、一人の日本人として警鐘を鳴らしたい。

 今、政治は、この国のゆくえを議論する時である。
コンテナ写真集(by 延)
コンテナ写真
今までの日記