お陰様を持ちまして52回目の誕生日を迎えることが出来ました。ひとえに、両親はじめ皆々様のお力添えの賜物と心より御礼申し上げます。
“我が人生に悔いはなし”、昭和の大スター、“ボス”こと石原裕次郎は52歳で人生の幕を閉じた。同じように、昭和の歌姫、“お嬢”こと美空ひばりも同じ歳にこの世を去った。
そして、今日、その歳になった。大スターと比べるのは甚だおこがましい話だが、ただただ、己の至らなさを痛感するばかりだ。
2年前、50歳になった時、3つの目標を立てた。
�� 2050年9月30日を人生最期の日と決めた
�� 永住の居を構えず、旅するように暮らす
�� 死ぬまでにやりたい100のことを実現する
日々、死ぬまでにやりたい100のことに挑んでいる。“自由人”と目される僕とて、残り四半世紀で達成するのが困難なペース感だ。同時に、目標にチャレンジするからこそ、実現に向けての課題も明確になった。また、カタチを変えて実現したこともあった。
足もとに目を向けると、人生をもっと面白くするための3〜6カ月程度の海外語学留学、キューバ&ブエノスアイレス一か月ずつ滞在、50歳を機に拠点を海外に変え“Yuen Chalong”として新しい人生を歩む。この3つが出来ていない。
正直、海外移住するだけなら今すぐにでも出来る。しかし、単に、海外で暮らすことに意味はない。”アジアの熱”に侵され、アジアに沈んだ人たちと同じになってしまう。
一介のビジネスパーソンとして、少しでも人の営みが良くなるような社会変革に繋がる何か、あらゆる不均衡を是正することに繋がる何かに立ち向かい、残された9,190日の人生を全うしたい。
今日という日をそのための助走期間と位置付け、海外移住の4つのチェック項目を課し、日夜、そのクリアに向けて勤しんでいる。
☑ 現在の日本国内の売上と同等かそれ以上の売上の見通しが立つこと
☑ その上で、日本国内の生活が税務上の著しいデメリットを被ること
☑ 台湾有事や天変地異など、現在の諸々の活動継続が困難になること
☑ 経済的合理性を度外視してでもチャレンジしたい事に身を賭すこと
(社会変革やイノベーションに繋がる身を賭せる何かを見出すこと)
この2年間は、両親の“介護”の面で大きく動いた期間でもあった。崖っぷちの危機的状況に風穴を開け、今日に至ったのは、医療・介護の仕事に従事する同級生の力添えの賜物。ただただ、感謝しかない。
詳細は割愛するが、“人の振り見て我が振り直せ”、親の介護経験があるか否かが、自身の老後の成否を分ける。そう確信した。
同時に、医療や介護の仕事に従事する人たちの思いに触れ、率直に、頭が下がる思いがした。そして、介護従事者の方々が報われる社会であって欲しいと思った。両親の”介護”からは、学ぶことしかなかった。
折しも、昨日から、両親の介護の第二ラウンドに突入した。費用と時間が許す限り、最大限、両親の希望の実現に邁進し、”笑顔溢れる介護”、”悔いのない親孝行”をやり切る。
中学一年生の時、ニーチェを読んだ。“超人思想”なる考え方を知り、なるほどなと思い、忠実に実践してみた。
学校で教わる“成功”や“社会規範”に照らし合わせれば、秒で“落第点”。それらを“固定概念”と一蹴するならば、“まずまず”。“人生を謳歌する”勝負では、“高得点”。評価が随分と分かれる人生だ。
日常生活においては、組織の看板を背負わない”個”という生き方に“侮蔑”や“嘲笑”を受けることもあるが、気にもしていない。人生楽しければ、他人の評価など、どうでもいい。
最期に、今年は、自由気ままに生きる点での心境の変化もあった。年始に、”キングダム”を読破し、天下の大将軍のように、その佇まいだけで、兵を鼓舞し、勇気を与えられる人に昇華していきたいと思った。そう考えると、まだまだ。
泣いても笑っても、人生残り、9,190日。残された一日一日を、精一杯、生きるのみ。
“我が人生に悔いはなし”、昭和の大スター、“ボス”こと石原裕次郎は52歳で人生の幕を閉じた。同じように、昭和の歌姫、“お嬢”こと美空ひばりも同じ歳にこの世を去った。そして、今日、その歳になった。大スターと比べるのは甚だおこがましい話だが、ただただ、己の至らなさを痛感するばかりだ。
2年前、50歳になった時、3つの目標を立てた。
�� 2050年9月30日を人生最期の日と決めた
�� 永住の居を構えず、旅するように暮らす
�� 死ぬまでにやりたい100のことを実現する
日々、死ぬまでにやりたい100のことに挑んでいる。“自由人”と目される僕とて、残り四半世紀で達成するのが困難なペース感だ。同時に、目標にチャレンジするからこそ、実現に向けての課題も明確になった。また、カタチを変えて実現したこともあった。
足もとに目を向けると、人生をもっと面白くするための3〜6カ月程度の海外語学留学、キューバ&ブエノスアイレス一か月ずつ滞在、50歳を機に拠点を海外に変え“Yuen Chalong”として新しい人生を歩む。この3つが出来ていない。正直、海外移住するだけなら今すぐにでも出来る。しかし、単に、海外で暮らすことに意味はない。”アジアの熱”に侵され、アジアに沈んだ人たちと同じになってしまう。
一介のビジネスパーソンとして、少しでも人の営みが良くなるような社会変革に繋がる何か、あらゆる不均衡を是正することに繋がる何かに立ち向かい、残された9,190日の人生を全うしたい。
今日という日をそのための助走期間と位置付け、海外移住の4つのチェック項目を課し、日夜、そのクリアに向けて勤しんでいる。
☑ 現在の日本国内の売上と同等かそれ以上の売上の見通しが立つこと
☑ その上で、日本国内の生活が税務上の著しいデメリットを被ること
☑ 台湾有事や天変地異など、現在の諸々の活動継続が困難になること
☑ 経済的合理性を度外視してでもチャレンジしたい事に身を賭すこと
(社会変革やイノベーションに繋がる身を賭せる何かを見出すこと)
この2年間は、両親の“介護”の面で大きく動いた期間でもあった。崖っぷちの危機的状況に風穴を開け、今日に至ったのは、医療・介護の仕事に従事する同級生の力添えの賜物。ただただ、感謝しかない。詳細は割愛するが、“人の振り見て我が振り直せ”、親の介護経験があるか否かが、自身の老後の成否を分ける。そう確信した。
同時に、医療や介護の仕事に従事する人たちの思いに触れ、率直に、頭が下がる思いがした。そして、介護従事者の方々が報われる社会であって欲しいと思った。両親の”介護”からは、学ぶことしかなかった。
折しも、昨日から、両親の介護の第二ラウンドに突入した。費用と時間が許す限り、最大限、両親の希望の実現に邁進し、”笑顔溢れる介護”、”悔いのない親孝行”をやり切る。
中学一年生の時、ニーチェを読んだ。“超人思想”なる考え方を知り、なるほどなと思い、忠実に実践してみた。学校で教わる“成功”や“社会規範”に照らし合わせれば、秒で“落第点”。それらを“固定概念”と一蹴するならば、“まずまず”。“人生を謳歌する”勝負では、“高得点”。評価が随分と分かれる人生だ。
日常生活においては、組織の看板を背負わない”個”という生き方に“侮蔑”や“嘲笑”を受けることもあるが、気にもしていない。人生楽しければ、他人の評価など、どうでもいい。
最期に、今年は、自由気ままに生きる点での心境の変化もあった。年始に、”キングダム”を読破し、天下の大将軍のように、その佇まいだけで、兵を鼓舞し、勇気を与えられる人に昇華していきたいと思った。そう考えると、まだまだ。
泣いても笑っても、人生残り、9,190日。残された一日一日を、精一杯、生きるのみ。