20151213_03 昨年11月以来、4回ほどインドネシアに渡航。来週、今年最後の商談をインドネシアの首都、ジャカルタで迎え、“後厄”の一年の締め括りとなる。秘密保持があり具体的なことは書けないが、この1年のインドネシアのことを振り返ってみたい。
20151213_02 「自分に与えられた能力を社会のために使え!一度、ジャカルタを見に来て目を覚ませ!」

 インドネシアへの渡航は、昨年夏、2歳年下で、大学卒業後にダイエーホークス(後のソフトバンクホークス)球団職員として入団、その後、楽天イーグルスの立ち上げに関わり、パ・リーグにも出向。野球界を卒業の後、海外に渡航し、「スポーツでアジアに笑顔を!」との理念を掲げ、アジア各国で、サッカースクールを手掛ける「Sportmanship Asia」創立者の片桐正大くんの一言から始まった。彼は、厄年にかこつけ、“戦略的ひきこもり”と称し、活動を控えていた体たらくなさまを見て、ジャカルタから、わざわざ、不甲斐なさを叱責しにきてくれたのだ。

20151213_01 初めて見るジャカルタの光景は、想像を超える都会な街並みと、筆舌に尽くし難い渋滞、そして、熱気と混沌に満ち溢れたものだった。物見雄山の視察になっては意味が無いので、幾つかのビジネスプランを手に訪れた。しかし、それは、見事に打ち砕かれた。だからこそ、ジャカルタの成長著しいさまを目の当たりにし、一気に、“アジア”のスイッチが入った。20代、有力政治家の秘書をしていた頃、「ボスが総理になった暁には、秘書を辞して、アジアの国に渡り、その国の発展に寄与する仕事がしてみたい」、そんな夢を抱いていた。持参したアイディアは破綻したものの、ジャカルタの街をみて、ロジスティクスのフィールドから、この国の未来に貢献することが出来る。根拠の無い手応えを感じた。同時に、中国や韓国企業に押され、存在感の無い「日本」に危機感を抱き、ここが自分のバトルフィールドになる。そう確信した。

20151213_04 ジャカルタへの挑戦を始めた当初、2億4000万の人口、中間所得層の増加、著しい経済成長、比類なき親日国・・・、そのような表層のマクロ数値を捉え、「インドネシア=有力な市場」と解釈することで、自身の行動を論理的に正当化していた。しかし、幾度となく、インドネシアを訪れていくうち、次第に、“論理を超克した感情”の域で、「ロジスティクスの視点で、この国のために、自分に何が出来るのか?」と考えるようになっていた。

20151213_11 ロジスティクスの観点から、インドネシアについて触れれば、日本に当たり前にある「ラストワンマイル」が基本的に無い。あるにはあるのだが、日時指定、更には、確実に消費者に届く・・・という保証の安定感は無い。専ら、成長著しいネット通販企業(以下、「EC」)、及び、その物流現場を廻っていると、「インフラが十全に無い国においては、“ロジスティクス”こそが、ビジネスの勝ち負けを決める」ということに容易に気づく。事実、EC企業とのアポイントは、全て、CEO。物流責任者を通して、ボトムアップみたいな商談が一件も無いのだ。そして、全てのCEOが、実に、細やかに、自社のロジスティクスの作業レベルを理解している。

20151213_06 初対面の挨拶を交わすや否や、「あなたは、ウチの会社と、どの部分でビジネスを考えていますか?」、「あなたは、ウチのビジネスにどの点で価値を提供することが出来ますか?」、「手がけてきた具体例を示して下さい」、「その具体的な効果は?」と切り込まれる。質問に応え、ビジネスモデルの詳細、今後の戦略をヒアリング。そこから倉庫に移動して、ロジスティクスの責任者から業務の説明を受け、「どこに問題がある?」、「日本ではどう考える?」、「それは、なぜだ?」と、畳み掛けられる。それらの質問に“解”を示すと、悩んで考え抜いたヤツしか絶対に示せない、リアクションを示す。

20151213_07 参考までに、インドネシアの物流現場のレベルを述べれば、彼らの金銭感覚、及び、コスト構造で手に入る道具・・・という前提条件におけるベストプラクティスを問えば、平均的な日本の現場と同じ水準か、中には、高いところもある。その“プロ”を自称し、これで飯を食っている身から見ても85点。コンサルティングの報酬をもらう余地など無い現場もある。それを、物流の素人が作った・・・、しかも、日本にある多くのものが無い状況下で構築した・・・と考えると、驚きを隠せない。しかし、そこはこちらも“プロ”、改革・改善の余地など無限にある。それを、詳細なデータ分析を行わないレベルで、翌朝までに、英検3級も持たない拙い英語のレポートを提出する。インドネシア滞在期間は、ひたすら、この繰り返しだ。

20151213_08 インドネシアの物流現場で改革・改善を論じる際、“解”のベクトルは日本と大きく異なる。何故ならば、その前提条件があまりに違い過ぎるからだ。その際たるものは成長率。廻っているECのなかで、低いところで対前年度比400%、高いところだと、実に、対前年度比1400%にも及ぶ。しかも、倉庫の(不動産)契約は、慣習で2年間、1年分のキャッシュで前払いがルールだ。オマケに、最も安い費目は「人件費」。ジャカルタの最低賃金は3万円弱、実際には、それ以下で働く現場労働者もいる。

20151213_09 そうなると、セキュリティーの問題を無視出来なくなる。作業者が商品を手にするということは、商品が盗難・紛失していないか、チェックする必要が生じる。ジョブホッパーも多く、ミス率も高い。また、物流KPIに見え辛い作業スタッフの指導コスト(負荷)もあり、加速度的な人員増の重荷になる。このように、全ての点において、日本とは勝手が異なるのだ。しかも、日本で当たり前にあるような機器が、ほぼ無い。つまり、改革・改善活動を根付かせるよりも、人海戦術でやった方が早くて安い・・・という考え方がベースにあるのだ。

20151213_10 また、ラストワンマイルの十全なインフラが無いと思ったら、街のバイク便の便利屋「OJEK」を、適性試験を通し人となりを見極め、仕掛けが盛り沢山のアプリで束ね組織化した「GOJEK」が、ジャカルタ市内だけで約30,000万人もの多勢で、イキナリ、デリバリー(C2Cの物流)に参入してくる。しかも、C2Cを、僅か、90分で、何というドライバーが、どの(最適化された)ルートを通って届け、IT技術を活用して受け渡しのエビデンスを残す・・・という、日本を、はるかに超えたレベルで参入してくる。正直、このダイナミズム、ゲームの場面転換は、日本では無い。それに、「コイツら、ゲームを変える戦いを仕掛けてきそうだな・・・」と未然に察知し、日本とイギリスの二重国籍のイケメンMASONの橋渡しで、インド人COO(時期CEO)と面会。初対面なのに、どストレートに聞いたら、ビンゴだった。

20151213_05 このような完全アウェイの戦いに、〃穃な事業の伸びに付いていけるフレキシブルなオペレーションモデル構築(拡張性)、徹底的なミスの低減、トレースアビリティー及びシステム化、という3つの改革・改善の方向性を打ち出し、帳簿と折り合いをつけながら対売上高比物流コストを低減させていく。同時に、あらゆるラストワンマイルプレイヤーとのネットワークを構築し、ジャカルタで最もラストワンマイルに強いポジションを目指す。

20151213_12 これらを、絶対に、日本国内ではやらないが、全てのリスクを取り、「完全成功報酬型」で手掛ける。つまり、「俺がいるから、この会社が成長出来る」という、本来、ロジティシャンが為すべき究極の使命を果たすというのが、この国での試みだ。この“無謀”なチャレンジには、ロジスティクスITのスペシャリスト、山下一幸さんの協力が不可欠となる。

20151213_17 日本国内の物流関連の集まりに出ると、皆一様に、「日本の物流は凄い」、「物流は大事だ」、「もっと、評価される必要がある」、「若い人が入ってくるように、もっと、魅力的な業界に・・・」、「荷主は、本来の業務(売ること)に徹することが出来るように・・・」、そんな言葉が虚しく飛び交う。無論、その全てを否定しないし、忸怩たる思いは同じだ。

20151213_18 しかし、「あなたはその実現に向けて、具体的に、何をしているのですか?」という問いかけをした時、果たして、何人の人が、具体的な行動を応えることが出来るのだろうか。この“自称”業界の顔役たちの、チャレンジマインドが欠如したさま、自己満足でしかない「業界は狭い・・・」という帰属意識を確認するさまこそが、茶番劇に見えた。正直、クダらないと思った。そして、誰も、リスクを取って、担いだ神輿を押し上げることを手掛ける自信など無いように見えた。それを、今の日本で議論をしても仕方がないと思った。

 だから、戦うフィールドを変えた。その結果として、創業時、ミッションに掲げたら、全メンバーが呆れて、全員去っていった「Logistics is Japan」というプレゼンスをアジアで示したいと思った。僕には、このような試みの向こう側にこそ、我が国のロジスティクスの未来が拓け、国際的なプレゼンスを示すことに繋がってくる・・・と考えている。

20151213_13 そして、これはある種の夢のまた夢のタワゴトだが、日本のロジスティクスのプレゼンスを示したその先に、新興国特有の「産まれた時から乗り越えられない“格差”という壁をぶち壊す」ために、スラムで暮らす人たちに、ロジスティクスやエンジニアの寺子屋・・・のようなものを提供できるスキームを作っていきたいと思っている。一点張りの投資のバクチで、中国や韓国と伍せない以上、日本が戦っていくためには、その国の未来に、地道に寄り添うことしかないと思っている。インドネシアの未来にとって、最も重要な政策は、「公共インフラ投資」と「教育」の2点。これしかない。

20151213_14 これには幾ばくかラッキーな面もあった。新しいテクノロジーをインドネシアの大学、しかも、卒業後に、海外に人材が流出しないクラスの大学との共同開発を思い立ち、情報工学部を有するBINUS大学をターゲットに据えた。教授のインドネシア語で書かれたプロフィールをGoogle翻訳に入れるのもメンドくさくなり、WEBに載っている写真を見て、「コイツ、イケんじゃねぇかな・・・」と、“ツラがまえ”だけで一人の教授を選んだ。渡航前に、何度メールを送っても無視される。渡航して電話を掛けるとガチで嫌がられる。通訳を介して電話すると、「来るな!とまで言われる。「来るな!」と言われて「YES」と言っていたら、絶対に、扉は開かない。だから、「午前の授業は何時に終わる」と聞き返す。

20151213_21 その時間に、大学に押し掛け、受付で、その教授にアポがあると軽くウソをつき、授業を終えた教授を掴まえて、考えていることを全て話す。すると、一転、次回の渡航で、関係者を全て集めて面会することになる。たまたま、その教授が、2年前まで大統領府のシステムの責任者だった・・・ということが功を奏す。勢い余って、「俺が、インドネシアの政治家だったら、絶対に、こうする!」と、意味不明な場面設定で話をしていたのだ。

20151213_15 しかし、次回の渡航では、その教授の仕切りで、学部長、国際連携の責任者、研究開発のラボの責任者総出の出迎えを受け、インドネシア産で世界に打って出たい新しいテクノロジー開発の場に持ち込む。打ち合わせ終了後に、会食までやる。どこの国でも、最後は、“根拠の無い自信”と“やり遂げるという強い意志”が道を拓く・・・。必要なことは、自身の為すべきことを、自分の言葉で真っ直ぐに伝え、そして、成功するまで止めないことだけだ。

 これが、この1年間、インドシアでやってきたことだ。

20151213_16 いよいよ、年明けから、具体的な取り組みが始まる。インドネシア攻略開始から13ヶ月、当該企業への初アプローチから半年も掛かってしまった。渡航日数の少なさも否めないが、日本で同じことをやるのと倍以上の時間が掛かり、焦燥感が高まってイライラしている。がしかし、既に、人生の折り返し地点を過ぎた身。足踏みをしている時間は無い。

 既に、視線は、インドネシアの空を超え、遠く、赤道の下を見ているのだから。


*この一年間、僕のインドネシアでの挑戦に力を貸して頂いた多くの皆様、これからもお力添えを頂く皆様、本当に、本当に、有難うございます。皆さんに支えて頂いたおかげで、スタートラインに立つことが出来ました。心より、感謝しています。

*物流業界の皆さん、日本国内で“物流”に目が向けられ、その重要性が叫ばれるのは、大規模な災害が起きた時だけです。日頃、社会が“物流”に光を向けることはまずない。しかし、僕はそれでいいと思っています。“Logistics in being”。ロジティシャンは、誇り高く、そこに当たり前に存在することにこそ意味があるのです。どうか、その自信と誇りを持って下さい。我が国が培ってきた、世界に誇るべき物流サービスは、確実に、世界で評価され、必要とされます。しかし、日本の製造業の海外比率に比べると、物流の海外比率は微々たるもの。僕は、今こそ、物流業界の皆さんが、世界に羽ばたき、評価の舞台に上がる時が来ていると確信しています。無論、あらゆるルールや価値観が異なる海外は、日本と同じやり方では上手くいきません。僕らの成功体験を一方的に押し付けるのではなく、その国に寄り添い、物流現場の声に心耳を澄ませば、、その国ならではのロジスティクス網の中で、確実に、存在感を示すことが必ず出来ます。僕が全力で後押しをしますので、勇気を持って、一歩を踏み出して下さい。志を同じくする方がいらっしゃいましたら、、コチラまで連絡下さい。