一匹狼スタイルの私が師と仰ぐ人は少ない。政治関係は兎も角として、強いて、“師匠”を上げるとすれば、音楽プロデューサーの“一木弘行”先生だ。一木先生は、ヤマハポプコン世代で、CHAGE&ASKAのレコーディングに参加したり、長淵剛と親交があったり、あるいは、福岡や九州出身のアーティストが、一木先生の指導を受けた後に上京しメジャーデビューする流れがあったりと、大物アーティストも認める知る人ぞ知る有名人。私と同期の門下生も、何人かメジャーデビューを果たした。
 私は、幼少から、エレクトーンやピアノを習っていたこともあり、ドラムを除いて、ギターもベースもキーボードも弾けるマルチプレイヤーだった。2002年の選挙に出るまでは、久留米において、一般的に、「フェンダーUSAのストラトを弾いているギターの人」という受け止められ方をされていた。しかし、コンテストでベストギタリスト賞を獲ったことは一度もない。当時、一木先生から、「延のリズム感は素晴らしい。教えてきた1000人の生徒のなかで10指に入る。ギターよりベースの方が才能がある」と評され、満を持して、ベストベーシストを獲りにいった大会でも、プライヤー賞を逃し、悔しかったことを懐かしく思い出す。

 現在、会社の名刺とは別に、密かに、「ビジネスプロデューサー」という肩書の名刺を持っている。当時、「譜面に書いていない表現力を持ってこそプロ」、「プレーで魅せるのではなく、曲づくりで魅せろ!」と、一木先生から徹底的に叩きこまれた。そのことを、20数年近く経った今、音楽とビジネスという垣根を越えて、ようやく腹の底から解り始めている。アプトプットするフィールドは違っても、一木先生から教えられたプロ意識が、この歳になって花開き始めていることを有難く思う。

 プレーするフィールドは違っても、一木先生は、永遠に、私が尊敬してやまない師匠だ。


 ご参考 音楽プロデューサー一木弘行Official Blog「Teacherの独り言