障害者割引郵便悪用事件に関する村木元局の記者会見で、隣に座っている弁護士がいる。数々の有名事件、著名人の弁護を多数手がけ、“カミソリ弘中”の異名を持つ弘中惇一郎弁護士(法律事務所ヒロナカ)だ。99%が有罪とされる日本の刑事訴訟において、ロス疑惑の三浦和義氏の無罪判決、薬害エイズの安部副学長の一審無罪を勝ち取った国内トップクラスの弁護士だ。特捜部取材担当記者で弘中弁護士を知らない人はおらず、一説によると、弘中弁護士がついただけで特捜部が身構えるほどの敏腕弁護士として知られている。
 今から8年前の02年3月、務めていた事務所の捜査に関連し、東京地検特捜部から「話を聞きたい」との連絡を受けた。即座に、事務所の弁護を依頼していた弘中弁護士に連絡をとり、時間を取って頂いた。事件捜査の当事者になった人しか知らないことではあるが、一般的に、取り調べに呼ばれる際、弁護士が具体的事象の助言をすることはない。証拠隠滅などの共同正犯に問われかねないからだ。だから、取り調べに前日に弁護士と会ったからといって、何がある訳ではないといえばそれまでの話だ。

 しかし、特捜部から指定された五反田区検に赴く前日、弘中弁護士にお時間をとって頂いたことは、何事にも変えられない心の支えとなった。当事者にしか解らない感覚だと思うが、相対するだけで感じる存在感、この人がついていてくれるんだという何よりもの安心感は平静を取り戻すに十分なものだった。今思い出しても、本当のプロとはこういうものなんだと学ばされた瞬間だ。

 そして、正確な表現は覚えていないが、初めての体験を前に不安に苛まれている私に、次のような主旨の話をして頂いた。
 
 ・特捜部は、国民の知る権利、正義のために捜査をしている
 ・特捜部の取り調べに呼ばれることを不安に思うことはない
 ・国に協力しているという気持ちで取り調べに臨むべき
 ・絶対に、嘘はつくな。知っている事実を正直に話せ
 ・知らないことは知らないと伝えろ
 ・曖昧な記憶は事実ではない
 ・腹に力を入れて堂々と入ってこい

 当事者になった者しか解らない感覚だと思うが、弘中弁護士からかけられた何気ない言葉に、どれだけ勇気づけられたか解らない。

 障害者割引郵便悪用事件に端を発した大阪事件特捜部の押収資料改竄疑惑。村木元局長の誠実な人柄と、弘中弁護士の真実を追求するあくなき姿勢が相まって、「証拠を改竄する」という検察庁の存在そのものを揺るがすほどの事件になっているように思う。

 甚だ僭越ながら、弘中弁護士から、プロフェッショナルとしての姿勢やこだわり、真実を追求する姿勢などを学ばせて頂いた。弁護士も医者もコンサルタントも同じだと思うが、プロというのは、知識や経験だけではなく、相対したときの雰囲気、安心感など、語らずとも伝えられる域まで心・技・体が一体となって成長しないと本物ではない。こういった考え方は、少なからず、その後の人生の糧となっているように思う。改めて、感謝の気持ちを伝えたい。