今般、2003年5月より適用を受けておりました“連座制”(同一選挙区から同一選挙(=福岡6区からの衆議院議員選挙)への出馬制限)の適用期間が終了致しましたことをご報告させて頂きます。この度、一つの区切りを迎えることとなりましたが、改めまして、ご心配、ご心労をおかけした皆様方にお詫び申し上げます。
 スタッフが選挙違反のご指摘を受けた当初、正直、目の前が真っ暗になるような思いでした。大学卒業以来、20代を、政治の世界にチャレンジするためだけに費やしてきたと言っても過言では無い人生を過ごしてきました。

 出馬する選挙を変えるか、あるいは、出馬する選挙区を変えれば、何かしらの選挙にチャレンジすることは可能でした。しかしながら、仮にも、公職を志した者として、法の穴を抜けるかの如き行為を行なうことは、自身の生き方や美学にも反するとの思いから、連座制適用の経緯に思うところはあったものの、5年間というペナルティを受ける判断を致しました。

 その間、2003年、2005年と衆議院選挙が行なわれ、多くの友人・知人が政治家になる様を傍らから眺めておりました。率直に申し上げれば、私だけ、取り残されていくような不安感に苛まれ、忸怩たる思いで一杯でした。

 ですから、この5年間、心の奥底にある“迷い”を断ち切るため、「ただただ、何事にもガムシャラに取り組み、寝る間なく、考える暇さえ無くし“無心”になることしか、邪念を振り払う術が無かった」というのが、素直な心境です。

 この5年間を振り返ると、多くのかけがえの無い皆様とお会いする機会に恵まれ、将来のために成すべき経験をし、培うべき見識を培ってきた自負がございます。今思うと、この5年間無くして、“再チャレンジ”する資格など有り得ないと思うほどの、素晴らしい人生を歩むことができたと実感しています。

 しかし、不思議なことに、昨年くらいから、徐々に、“再チェレンジ”という焦りが無くなってきました。そして、当時の自身を省みて、「そもそも、チャレンジするほどの体力が無かった」のではないかと思うようになりました。

 また、一方で、30歳を過ぎて、初めてビジネスの世界に身を投じたことは、周回遅れで陸上競技をスタートするような感覚でした。ですから、人の倍の時間仕事をし、人の3倍真剣にモノを考え、どうにかキャッチアップすることがでたのではないかと思っています。

 しかしながら、この5年間を振り返ると、追いつき追い越せという気概で頑張ってきたものの、未だ、人の上に立つ者としての度量が無いことをまざまざと痛感しています。何故ならば、様々な勝負の局面で、イキがる自身の弱さを露呈することがあるからです。


 “われいまだ木鶏たりえず”


 これから、“木鶏”の境地に至るまでに、人としての側面を磨いて参ります。私にとっては、いつ再チャレンジするかが重要なのではなく、再チャレンジすべるにたる人であることが重要なことは明白です。

 まだまだ、至らないところが多分にありますが、「幾たびか辛酸を歴(へ)て志始めて堅く」との思いに何ら変わりはございません。

 当ブログをご覧の皆様方におかれましては、今後とも、ご声援賜りたく、お願い申し上げます。


◎ご参考

“われいまだ木鶏たりえず”(第35代横綱・双葉山)
いまだ木鶏たりえず「荘子」


◎過去5年間のご挨拶

2003年08月02日「未来への橋を架けたい
2003年10月26日「この国のゆくえ
2003年11月15日「小鮮を烹るがごとし
2004年01月14日「面白き こともなき世に おもしろく
2004年03月28日「第三の自由・民主改革 〜地方主権への道〜
2004年05月26日「田園都市構想を再検証する時
2005年08月02日「幾たびか辛酸を歴(へ)て志始めて堅く
2007年04月02日「“独立の気力2007”
2007年05月14日「まよひの雲の晴れたる所こそ実の空としるべき也
2007年08月02日「All great things are simple.