金曜日のブログで、「木曜日、“朧大橋”というキーワードで検索をして当ブログをご覧になられた方が多い」という記事を書きましたが、その理由が判明しました。26日(土)、民主党の菅直人代表代行が“朧大橋”(福岡県八女市)を視察した模様です。
「豪華な橋を批判=自民・古賀氏の地元を視察−民主・菅氏」(時事通信)
「道路特定財源を一般財源化し、地方の自主財源実現へ 有楽町で緊急街宣を開催」(民主党HPより)
「豪華な橋を批判=自民・古賀氏の地元を視察−民主・菅氏」(時事通信)
「道路特定財源を一般財源化し、地方の自主財源実現へ 有楽町で緊急街宣を開催」(民主党HPより)
私自身、“朧大橋”の存在を、地元に帰っていた6年前に知り、翌2003年、官民協働ネットワーク「Crossover21」の面々を東京から呼んで現地を視察しました。(2003年08月02日「行き先のない橋 朧大橋@福岡県八女郡上陽町」(※現在の八女市))
以来、旧HPや当ブログの中で幾度と無く取り上げて参りました。4年前まで発刊していたメルマガでこの問題を取り上げた時には、とある大新聞の記者の方から、「現地取材を行ないたい」とのご依頼を受けたこともあります。
また、数年前の“Crossover21”の会においては、ディスカッションの前振りとして取り上げてもらうなど、“朧大橋”の存在を喧伝するための活動を続けて参りました。今回、理由はどうあれ、“朧大橋”の存在が、国政の俎上に挙がるという点においては、万感たる思いです。
さりながら、個人的な見解を申し上げれば、“朧大橋”の問題が、「揮発油(ガソリン)税の暫定税率廃止と道路特定財源の一般財源化」議論の言わば解り易い“象徴”として、単に“政争の具”として、今国会で取り上げられることには複雑な思いがあります。
確かに、“税金の使われ方”という手法論において、道路特定財源議論と帰結されることは妥当な一面があります。さりながら、より本質的な問題は、単に、“ムダな公共事業”という括りでこの問題を総括することではなく、「公共事業の意思決定プロセスにおいて住民の意思が介在していない」という“予算配分のメカニズム”そのものにあり、そのことが即ち、「国民意識の国家への依存」、さらには、「あらゆる行政課題への無関心」につながっている点にあるのではないかと考えています。
そのような思いから、“朧大橋”を視察した日(※実は、30歳の誕生日でした)に、(当時)約1000名の方に「未来への橋を架けたい 〜30歳を迎えるにあたり〜」という拙いメッセージをお送りしました。
そのメッセージの中で、「今後は、政治に関る人間である前に、21世紀を生きる一人の人として、正しい道を歩んで参る所存でございます。どんな時も、「正しいことは正しい。間違っていることは間違っている。」と言える人でありたい。21世紀に責任を持って生きる自立した世代人として、未来へ橋を架けたい。そのためにも、変える力と変わる勇気を持ち続けたい。そして、次の一歩を踏み出せる人でありたい。」という率直な思いを綴りました。
当時、私のメッセージをご覧になられたとある大新聞の論説委員長から、「延君の役割は、“未来への橋”をかけることではなく、“未来への橋”を阻害するもの(あらゆる“改革”を阻害するもの)に真正面からぶつかって穴をあけることだ」との心温まるご激励を賜り、非常に嬉しかったことを覚えています。
本来、“朧大橋”に象徴されるこの手の問題を、責任ある政権与党の政治家の一人(当事者)として、自浄自戒(=カイゼン)していくことに身を捧げたいとの一心で過ごして参りました。
今般の話を総合すると、民主党は、今後、“朧大橋”の問題を、今国会の予算委員会で取り上げることになる模様。この問題を、野党から、しかも外野の大物政治家から指摘されることについては、忸怩たる思いであるとともに、単純に矮小化された“善悪二元論”で議論される行く末を案じ、自身の非力さを不甲斐なく思います。
率直に申し上げれば、私は、現在“朧大橋”がある八女市が本籍地でもあり、以前、チャレンジした選挙区では無いものの、私の意識のなかでは“ふるさと”です。
と同時に、私は、予てから、「“地方の自立”、あるいは、“地域の再生”というものは、国家から与えられるようなものではなく、ふるさとに生まれ、ふるさとの未来に責任を持って暮らす人たちの“自立したマインド”によってしか成し得ない」という自論をもっています。
ですから、今般、“朧大橋”の問題が、野党の大物政治家の手で“問題化”することに、「自らの手で行いたかった」という点において、非常に残念に思います。そして、地元住民の手が届かないところで議論され、一人歩きしていくことになるこの問題の行く末に、改めて、ふるさとの未来に危機感を募らせています。
現在は、在野の身ゆえ、この問題に関しては、如何ともし難い立場ではございますが、いかなる立場であったとしても、「自立した個人による自立した社会」の実現に向けて、真摯に取り組んで参ります。
ご参考 2003年08月02日「行き先のない橋 朧大橋@福岡県八女郡上陽町」)
以来、旧HPや当ブログの中で幾度と無く取り上げて参りました。4年前まで発刊していたメルマガでこの問題を取り上げた時には、とある大新聞の記者の方から、「現地取材を行ないたい」とのご依頼を受けたこともあります。
また、数年前の“Crossover21”の会においては、ディスカッションの前振りとして取り上げてもらうなど、“朧大橋”の存在を喧伝するための活動を続けて参りました。今回、理由はどうあれ、“朧大橋”の存在が、国政の俎上に挙がるという点においては、万感たる思いです。
さりながら、個人的な見解を申し上げれば、“朧大橋”の問題が、「揮発油(ガソリン)税の暫定税率廃止と道路特定財源の一般財源化」議論の言わば解り易い“象徴”として、単に“政争の具”として、今国会で取り上げられることには複雑な思いがあります。
確かに、“税金の使われ方”という手法論において、道路特定財源議論と帰結されることは妥当な一面があります。さりながら、より本質的な問題は、単に、“ムダな公共事業”という括りでこの問題を総括することではなく、「公共事業の意思決定プロセスにおいて住民の意思が介在していない」という“予算配分のメカニズム”そのものにあり、そのことが即ち、「国民意識の国家への依存」、さらには、「あらゆる行政課題への無関心」につながっている点にあるのではないかと考えています。
そのような思いから、“朧大橋”を視察した日(※実は、30歳の誕生日でした)に、(当時)約1000名の方に「未来への橋を架けたい 〜30歳を迎えるにあたり〜」という拙いメッセージをお送りしました。
そのメッセージの中で、「今後は、政治に関る人間である前に、21世紀を生きる一人の人として、正しい道を歩んで参る所存でございます。どんな時も、「正しいことは正しい。間違っていることは間違っている。」と言える人でありたい。21世紀に責任を持って生きる自立した世代人として、未来へ橋を架けたい。そのためにも、変える力と変わる勇気を持ち続けたい。そして、次の一歩を踏み出せる人でありたい。」という率直な思いを綴りました。
当時、私のメッセージをご覧になられたとある大新聞の論説委員長から、「延君の役割は、“未来への橋”をかけることではなく、“未来への橋”を阻害するもの(あらゆる“改革”を阻害するもの)に真正面からぶつかって穴をあけることだ」との心温まるご激励を賜り、非常に嬉しかったことを覚えています。
本来、“朧大橋”に象徴されるこの手の問題を、責任ある政権与党の政治家の一人(当事者)として、自浄自戒(=カイゼン)していくことに身を捧げたいとの一心で過ごして参りました。
今般の話を総合すると、民主党は、今後、“朧大橋”の問題を、今国会の予算委員会で取り上げることになる模様。この問題を、野党から、しかも外野の大物政治家から指摘されることについては、忸怩たる思いであるとともに、単純に矮小化された“善悪二元論”で議論される行く末を案じ、自身の非力さを不甲斐なく思います。
率直に申し上げれば、私は、現在“朧大橋”がある八女市が本籍地でもあり、以前、チャレンジした選挙区では無いものの、私の意識のなかでは“ふるさと”です。
と同時に、私は、予てから、「“地方の自立”、あるいは、“地域の再生”というものは、国家から与えられるようなものではなく、ふるさとに生まれ、ふるさとの未来に責任を持って暮らす人たちの“自立したマインド”によってしか成し得ない」という自論をもっています。
ですから、今般、“朧大橋”の問題が、野党の大物政治家の手で“問題化”することに、「自らの手で行いたかった」という点において、非常に残念に思います。そして、地元住民の手が届かないところで議論され、一人歩きしていくことになるこの問題の行く末に、改めて、ふるさとの未来に危機感を募らせています。
現在は、在野の身ゆえ、この問題に関しては、如何ともし難い立場ではございますが、いかなる立場であったとしても、「自立した個人による自立した社会」の実現に向けて、真摯に取り組んで参ります。
ご参考 2003年08月02日「行き先のない橋 朧大橋@福岡県八女郡上陽町」)

