昨日、同級生のmixiの日記をご紹介しました。この日記を読んで私自身の“営業体験”を懐かしく思い出しました。
最初の会社は、コンサルタント会社だったこともあり、社内に「営業」というセクションはありませんでした。ですから、営業からコンサルティングまで、全てを自己完結する必要がありました。
最初の会社は、コンサルタント会社だったこともあり、社内に「営業」というセクションはありませんでした。ですから、営業からコンサルティングまで、全てを自己完結する必要がありました。
一人で営業を兼ねて全国を廻り出したのは、調度、3年前くらいのことだったと思います。今思うと、つくづく、最初に行った営業先での経験が、今を培っているな〜と思います。
とある北信越地方の著名な会計事務所を訪れた際、とある税務分野の専門書を書かれているような先生とお会いする機会を得ました。当時、OJTで見聞きした内容を真似て、自社の説明をしたまでは良かったのですが、その先生のご専門の分野のとある質問をされました。
正直、専門家からの質問だけに、どう答えていいか考えあぐねていたら、予想通り、ボコボコに厳しいご指摘を受け、泣くも無残に、雪が深々と降りしきる中、コートも羽織らず肩を落として帰ったことを思い出します。
そのとき初めて、人様から、特に、プロフェッショナルと言われる方々を相手として、コンサルティングを行なう難しさを痛切に感じたものです。勿論、人からお金を頂戴する厳しさも実感しました。
帰京後、与えられた課題を一生懸命調べて、どうにか回答するまでには至りましたが、所詮、付け焼刃。結果的には、受注に至ることはありませんでしたが、この最初の経験の厳しさと悔しさが、今となっては、徹底的に思考する、あるいは、相手の立場に立ってソリューションを考える、そのために寝ないという自分のスタイルの原点になっているように思います。
そして、一年半くらい前でしょうか、当ブログで何度か取り上げさせて頂いている藤本篤志さんの書籍を読み、より一層、“営業”という職種に興味を抱くようになりました。
とかく、“上流工程”、あるいは、“川上”と言われる業種において、比較的、“営業職”が軽んじられる傾向があるような気がします。しかし、“営業”という言葉が、文字通り“業を営む”と書くように、また、「営業の強い会社は潰れない」という法則があるように、“営業”こそが事業継続最大のポイントではないかと思うに至るようになりました。
話が逸れてしまいましたが、年明けから、心機一転、チャレンジしていく意味においても、同級生のmixiの日記は、初心を思い出させる貴重な機会となりました。感謝です。
とある北信越地方の著名な会計事務所を訪れた際、とある税務分野の専門書を書かれているような先生とお会いする機会を得ました。当時、OJTで見聞きした内容を真似て、自社の説明をしたまでは良かったのですが、その先生のご専門の分野のとある質問をされました。
正直、専門家からの質問だけに、どう答えていいか考えあぐねていたら、予想通り、ボコボコに厳しいご指摘を受け、泣くも無残に、雪が深々と降りしきる中、コートも羽織らず肩を落として帰ったことを思い出します。
そのとき初めて、人様から、特に、プロフェッショナルと言われる方々を相手として、コンサルティングを行なう難しさを痛切に感じたものです。勿論、人からお金を頂戴する厳しさも実感しました。
帰京後、与えられた課題を一生懸命調べて、どうにか回答するまでには至りましたが、所詮、付け焼刃。結果的には、受注に至ることはありませんでしたが、この最初の経験の厳しさと悔しさが、今となっては、徹底的に思考する、あるいは、相手の立場に立ってソリューションを考える、そのために寝ないという自分のスタイルの原点になっているように思います。
そして、一年半くらい前でしょうか、当ブログで何度か取り上げさせて頂いている藤本篤志さんの書籍を読み、より一層、“営業”という職種に興味を抱くようになりました。
とかく、“上流工程”、あるいは、“川上”と言われる業種において、比較的、“営業職”が軽んじられる傾向があるような気がします。しかし、“営業”という言葉が、文字通り“業を営む”と書くように、また、「営業の強い会社は潰れない」という法則があるように、“営業”こそが事業継続最大のポイントではないかと思うに至るようになりました。
話が逸れてしまいましたが、年明けから、心機一転、チャレンジしていく意味においても、同級生のmixiの日記は、初心を思い出させる貴重な機会となりました。感謝です。































