今年は、珍しくoff lineな夏休みを過ごすことができました。お陰様で、高校球児よりも「黒い」と言われるほど日焼けしています。ようやく日焼けの火照りが取れてきたかと思えば連日の猛暑。息つく暇なく後半戦に突入です。
 さて、今回の隠遁生活で、改めて、色々なことを考えました。そして、数少ないながらもお会いした方々から、色々な話をお伺いする貴重な機会を得ました。お盆休み直前に、これから先の仕事のことのついてご報告をさせて頂いたばかりですが、それも私の特性の一つなのか、皆様から質問された大半が、会社のことではなく、先の参議院選挙とこれからのこの国の行く末についての“不安”に関するものでした。

 皆様の話をお伺いしていると、最近の自民党にある意味“お灸”を据えたということは明白であるものの、かと言って、大勝した民主党に全てを託している訳ではないという意識を感じます。つまり、先の参議院選挙を「安倍自民か小沢民主か」という選択として捉えるべきではないというのが率直な感想です。立場上、そのような争点化を唱えざるを得ない政治勢力があることは承知していますが、それは、あまりに有権者の声に耳を傾けていない上っ面の拙い解釈ではないかと苦言を呈したいと思います。

 確かに、地方経済の現場の声に耳を傾けていると、財政構造改革以降の公共事業の目減りにともない建設業と取引のあった業種に影響が出ているとの声を耳にします。ある一面においては、直接的な予算の目減りの影響を受けた業種やエリアもあるでしょう。さりながら、そのことを、リアルな数字をもとに主張するむきもこれまた少ないのが現実です。

 私も、地方出身社の一人として、つぶさに地方経済の現場を見るようにしていますが、まだまだ、無駄な予算と感じる事業が散見されると同時に、本来予算が投下されるべきインフラ整備も十全ではないエリアがあるという矛盾を痛感します。

 さりながら、冷静に事実を直視したときに、昨今議論されている“格差”の理由を国内の財政構造改革や規制緩和だけに求めることは、ある意味、事実を省みない思考停止なのではないかと感じています。何故ならば、誰一人として、財政構造改革と地方経済の因果関係を明確に立証できる人もこれまたいないからです。

 一方で、政治に目を向けたとき、“利益再配分機能”という行政の機能に鑑み、建設か農林水産かなどという単純な二元論で論じている与野党の現状に、ほどほど愛想が尽きる思いがします。

 個人的には、前述の予算配分の矛盾という点については、根本的には、道州制あるいは連邦制という地方分権の流れの中で、地方に応じた予算配分をして解決すべき問題だと思います。そして、“右肩上がり”を前提にしてきたこの国の制度の多くをアジャストする要は、地方分権と一体になって抜本的制度改革を行なうことでしか是正できないと考えています。

 同時に、あらゆる格差の問題は、抽象的、あるいは、情念的な社会論で論じるべきことではなく、やはり、国として貧困問題に取り組み解決していくべきときであること、そして、社会保障制度の大前提としてのせーフィティーネットについてのコンセンサスを形成することに、今一度、全エネルギーを注ぎ込むときであると認識しています。

 話は変わりますが、しばし田舎で過ごし、改めて、都市で働く人を温かく迎え入れる故郷の優しさと、お金では買えない価値があることをまざまざと感じました。何の代わり映えもない日常を生真面目に過ごし、自然と向き合いながら山海の幸を都会に送り届けるさまを垣間見て、この国の美しさとは、自然もさることながら、山川草木に畏敬の念を抱いてきた人の心の中にこそあるのではないかと思いました。

 田舎出身者の一人として、都市で生活する人と田舎で暮らす人たち、この双方が何気ない日常を幸せだと思えるような、そんな社会にしていくために、コンクリートに囲まれた都市でPC片手にモノを考えるのではなく、もっともっと、全国を歩いていかなければならないと猛省したお盆休みでした。

 上京前夜に満点の夜空に見た“北斗七星”は、都会で過ごしていると、ついつい忘れそうになる大事な何かを取り戻してくれたような気がします。

 以上、何を主張したい訳でもないですが、今年のお盆に感じたたことなどを徒然なくしたためてみました。