本日、お陰様を持ちまして34回目の誕生日を迎えることができました。これも偏に、この世に生を与えてくれた両親、いつもワガママな私を受け入れてくれた家族、そして、今までご縁を頂戴した全ての皆様方のご厚意の賜物と、深く感謝申し上げます。今年は、年初からの約3ヵ月はベンチャー企業の経営陣として働き、春先からは、再度、組織に属さないインディペンデントコントラクターとして研鑽を積んでおります。振り返ると、一年間にわたるベンチャー生活を通じて、多くのことを学び、そして、経験させて頂きました。色んな意味で、非常に、意義深い一年間だったと思います。この一年間お会いした皆様に、心より感謝申し上げます。
さて、人生で初めて、“広告宣伝”、あるいは、“IT”という側面を持つ仕事に関わる中で、“中小企業活性化”という、自分自身のライフワークがより明確になってきたように思います。
そもそも、昨年の春先、“弱い立場”にある者の一つの武器としてのインターネットの可能性に興味を抱きベンチャー企業に関与しました。
しかし実際には、インターネットの世界を見渡すと、「広告宣伝費の大小が広告効果の優劣を決する」という側面があることを、改めて気づきました。つまり、インターネットプロモーションにコストを投じている企業の多くが大企業という現実です。と同時に、私の前に、「大企業との取引の方が安定し高額である」という隠然たる壁が立ちはだかりました。
そもそも、一年前、インターネットを効果的に活用している個人の存在に着目したベンチャー企業に身を寄せたのは、「社会において評価の舞台に上がる可能性がある価値(人・サービス・商品・情報・技術など)を社会に喧伝し一つでも多くの“価値”を評価の舞台に上げたい」という思いがあったからです。
しかしながら、組織(会社)というものは、個人の“思い”だけでは組織の方向性を決めることができない。ましてや、IPOを目指す前提で資金調達を行なっている以上、様々な制約条件もあります。
昨年末から、「理想」と「現実」との間で葛藤を繰り返しておりましたが、「もう一度、社会で評価される可能性がある存在に光を当てたい」という原点に立ち返ることにしました。
そうして出した答えの一つが“中小企業活性化”です。
近々に、ご報告させて頂くことになると思いますが、この一年間学んだこと、そして、民間事業会社で経験したことの全てを“中小企業活性化”の一点に賭けていきたいと思います。
会社数で、この国の99%、労働人口で約70%とも言われる中小企業を直接的・間接的に支援していくことで、この国が元気になる。そう信じて、ガムシャラに脳みそと身体で汗をかいていきたいと思います。
34歳の誕生日に、決意を込めて。
ご参考 これまでの8月2日
2006年8月2日「三十三歳を迎えるにあたり」
2005年8月2日「幾たびか辛酸を歴(へ)て志始めて堅く」
2004年8月2日「午前零時、総武線快速東京駅停車」
2003年8月2日「未来への橋を架けたい 〜30歳を迎えるにあたり〜」
2002年8月2日「「私は、フクオカというリゾート地に住んでいる。」と、ふと思う。2002年夏。」
少しは成長してますでしょうか? (笑)
全ての皆さんに感謝!
そもそも、昨年の春先、“弱い立場”にある者の一つの武器としてのインターネットの可能性に興味を抱きベンチャー企業に関与しました。
しかし実際には、インターネットの世界を見渡すと、「広告宣伝費の大小が広告効果の優劣を決する」という側面があることを、改めて気づきました。つまり、インターネットプロモーションにコストを投じている企業の多くが大企業という現実です。と同時に、私の前に、「大企業との取引の方が安定し高額である」という隠然たる壁が立ちはだかりました。
そもそも、一年前、インターネットを効果的に活用している個人の存在に着目したベンチャー企業に身を寄せたのは、「社会において評価の舞台に上がる可能性がある価値(人・サービス・商品・情報・技術など)を社会に喧伝し一つでも多くの“価値”を評価の舞台に上げたい」という思いがあったからです。
しかしながら、組織(会社)というものは、個人の“思い”だけでは組織の方向性を決めることができない。ましてや、IPOを目指す前提で資金調達を行なっている以上、様々な制約条件もあります。
昨年末から、「理想」と「現実」との間で葛藤を繰り返しておりましたが、「もう一度、社会で評価される可能性がある存在に光を当てたい」という原点に立ち返ることにしました。
そうして出した答えの一つが“中小企業活性化”です。
近々に、ご報告させて頂くことになると思いますが、この一年間学んだこと、そして、民間事業会社で経験したことの全てを“中小企業活性化”の一点に賭けていきたいと思います。
会社数で、この国の99%、労働人口で約70%とも言われる中小企業を直接的・間接的に支援していくことで、この国が元気になる。そう信じて、ガムシャラに脳みそと身体で汗をかいていきたいと思います。
34歳の誕生日に、決意を込めて。
ご参考 これまでの8月2日
2006年8月2日「三十三歳を迎えるにあたり」
2005年8月2日「幾たびか辛酸を歴(へ)て志始めて堅く」
2004年8月2日「午前零時、総武線快速東京駅停車」
2003年8月2日「未来への橋を架けたい 〜30歳を迎えるにあたり〜」
2002年8月2日「「私は、フクオカというリゾート地に住んでいる。」と、ふと思う。2002年夏。」
少しは成長してますでしょうか? (笑)
全ての皆さんに感謝!































