<名古屋地下鉄談合>「ハザマ」は告発免除 「自首」制度で」(毎日新聞)

 ここ数年、検察の“談合”排除に対する姿勢は素晴らしいと思います。検察が、ひたすらに“談合”を狙い続ける姿勢に、一部には、「バッジ(=政治家)を逮捕できない」と揶揄する声もありますが、“鶏と卵の議論”ではあるものの、政官財の構造を維持させてきたガソリンの一つが“談合”であるだけに、個人的には、昨今の検察の意思表示は妥当だと思います。
 さて、冒頭でご紹介したニュース。

 まぁ〜、この手のニュースは、受け手の側によって意見が分かれる類のものだと思います。日本的には、“裏切り者”と批判的に見る向きもあるでしょうし、“自主しても、尚、罰すべし”という声もあるでしょう。

 また、独禁法の“リーニエンシー”を、法の議論だけで紐解くならば、記事中で識者の方が述べられているような“司法取引”の是非論も議論されてしかるべしだと思います。 

 ただ、個人的な見解を述べれば、法律(=制度)だけで物事を完璧に対応すること自体、土台無理な話だと考えています。ですから、日本社会から「談合を排除する」という力強い意思の表示として、現時点で、どこかしら法律が矛盾していることは止むを得ないのではないでしょうか。

 私は、特捜部案件となるような象徴的な事件だけではなく、全国津々浦々に至るまで、検察庁、並びに、警察庁が“談合廃絶”に向けて、確固たる意思表示をする前提で、建設業界並びに官公庁からの受注をうける業界に、“談合は悪であり、損である”との芽が芽生えるまでは、“今の法律の矛盾を許容すべきだと考えます。

ご参考 2006年06月01日「談合社会との決別