先日、出勤中に撮影した写真です。この光景を見て、2年半前に書いた記事の写真を挿入しようと思って撮影しました。当時は、久留米在住で、時折、福岡県内各地で“早朝ゴミ拾い”なる活動を行っていました。この企画が意外と大盛り上がりで、多いときには、100名弱の同世代を集めてのイベントでした。以下は、嘗て、読売新聞web版に掲載されたコラムです。ご笑納下さい。
平成16(2004)年4月23日(金)
【落ち葉がゴミという時代】
先月、とあるイベントで、早朝の天神・大名のゴミ拾い清掃活動を行った。普段、何気なく歩いている路地も、いざゴミを拾ってみると、出るわ出るわ、ゴミの山である。
空き缶、ペットボトル、タバコの吸殻はもとより、中には食べかけの調理パンなどが水溜りに落ちていたケースもあった。
しかし、路上に落ちているゴミの中で、人によって対応が別れたモノがある。それは落ち葉。結果的には、落ち葉をゴミとして拾う人が大半だったような気がした。
気になったので、福岡市の緑のリサイクルセンターに話を聞いてみると「落ち葉は可燃ゴミ」とのこと。
昨今、福岡市では、とかく“ケヤキ”の話が賑わってますが、その一方で、「落ち葉はゴミか?」そんな身近な議論から、21世紀を生きる知恵、自然との共生のあり方が開けてくるような気がする。
参考 2000/10/13,19 マルチメディア研修会
ディベート「落ち葉はごみである」
平成16(2004)年4月23日(金)
【落ち葉がゴミという時代】
先月、とあるイベントで、早朝の天神・大名のゴミ拾い清掃活動を行った。普段、何気なく歩いている路地も、いざゴミを拾ってみると、出るわ出るわ、ゴミの山である。空き缶、ペットボトル、タバコの吸殻はもとより、中には食べかけの調理パンなどが水溜りに落ちていたケースもあった。
しかし、路上に落ちているゴミの中で、人によって対応が別れたモノがある。それは落ち葉。結果的には、落ち葉をゴミとして拾う人が大半だったような気がした。
気になったので、福岡市の緑のリサイクルセンターに話を聞いてみると「落ち葉は可燃ゴミ」とのこと。
昨今、福岡市では、とかく“ケヤキ”の話が賑わってますが、その一方で、「落ち葉はゴミか?」そんな身近な議論から、21世紀を生きる知恵、自然との共生のあり方が開けてくるような気がする。
参考 2000/10/13,19 マルチメディア研修会
ディベート「落ち葉はごみである」





























