あまりの忙しさに、ろくすっぽ新聞記事すら目を通せない日々が続いています。正直、あまり的確に状況を把握していないのですが、話題に上がっている「核保有論議」について所見を述べたいと思います。
私は、自由主義・民主主義社会において、あらゆる論議を制約することは何もないと考えています。つまり、核保有論議も例外なく制約されるべきではないと考えます。さりながら、政府に属し総理に仕える立場、あるいは、党役員として総裁に仕える立場に限って言えば、政治家としての個々の発言を、ある程度、具体的には総理総裁の意に反しない範囲で自制するのが当然だと思います。
今般の核保有論議に関する安倍総理の見解を存じ上げませんが、政府の職に付く立場の政治家、党役員、中でも、党三役の立場の人間がこの手の発言を行うことは、総理容認のもとに行われていると解されても仕方が無いので、総理の方針に基づくものでなければ自制を求めるか、あるいは、解任すべきだと考えます。
個人的には、一般論として議論することは容認するものの、恒久的平和を希求した憲法の理念、専守防衛、非核三原則は頑なに堅持すべき我々日本人の心の灯台のようなものだと考えています。
政治家の究極の目標が世界平和である限り、一人の人間として、また、政治家を志す者として、核保有には反対です。
今般の核保有論議に関する安倍総理の見解を存じ上げませんが、政府の職に付く立場の政治家、党役員、中でも、党三役の立場の人間がこの手の発言を行うことは、総理容認のもとに行われていると解されても仕方が無いので、総理の方針に基づくものでなければ自制を求めるか、あるいは、解任すべきだと考えます。
個人的には、一般論として議論することは容認するものの、恒久的平和を希求した憲法の理念、専守防衛、非核三原則は頑なに堅持すべき我々日本人の心の灯台のようなものだと考えています。
政治家の究極の目標が世界平和である限り、一人の人間として、また、政治家を志す者として、核保有には反対です。
































また、現代において核兵器は脅しにおいてのみ有効な兵器です。まっとうな国家であれば、核を打てはしないのです。そうして意味で、非常にナンセンスな兵器です。
憲法が持つ崇高な理念を、世界に向けて発信するような国でありたいものです。