友人・知人の国会議員と話すと、皆、一様に「総裁選が面白くなくなった」との反応がかえってきます。やはり、若い議員には、政策議論の場としての総裁選を切望する声が大半を占めているようです。このまま、安倍官房長官独走が続くという見方が一般的ですが、“再チャレンジ”を軸とした次期政権のあり方を、最低でも政策レベルに落とし込んで活発な議論が行われて欲しいと思います。
 さて、消化試合ムードが漂う総裁選を、目線を変えてポートフォリオで紐解いた場合、座標軸の取り方はともかくとしても、結構、不安定な状況なのではないかと考えます。本来は、与野党間で政策対立が行われることが適当なのだと思いますが、今の野党の惨状ではそれは期待できないことです。

 だとしたら、現実的には、衆議院で圧倒的な議席数を誇る自民党内部の政権交代に期待する他はないのですが、それも1強体制では侭ならない。良かれ悪しかれ、自民党の力の根源は、政策ウイングの幅の広さにありました。今の状況は、二大政党制のあるべき姿に近づいたという見方が出来る一方で、政策の柔軟性・寛容性に欠けるという見方もできます。

 前述のポートフォリオ的な見方をすると、政治家個人の本心はともかく、極めて狭い領域に政策課題が集中している現状は、集中特化していてリーダーシップが取りやすいという見方ができる一方で、外部環境の変化に柔軟に対応し辛くなっているという脆弱性を露呈しているような気がします。

 この状況を、メディアのように政局的に紐解く見方、選挙への影響で紐解く政治家の見方、あるいは、選挙制度と帰結させる味方など、色々な見地で紐解くことができますが、直近に限って言えば、野党のお粗末な状況も相俟って、あまり好ましい状況ではないと受け止めています。

 民主主義であれ、市場(資本主義)であれ、数が雌雄を決する類の制度が健全に機能するためには、“流動性”と“透明性”が担保されることが大前提だと思います。その観点からすると、既に、固定化してしまった総裁選への道筋は、将来的な地殻変動への予兆なのかもしれないと思います。

 明確な主張が無くて申し訳無いです。以上、雑感でした。