数日後に、総選挙が公示されます。最大与党自民党は、改革政党への変化を打ち出し、政策実行能力を、一方、最大野党民主党は、政権交代を唱えます。その最大の焦点とされているのがマニフェスト。

 私は、従来型の曖昧なスローガンを唱えるだけの選挙から、ある程度の責任が伴うマニフェストというものを通じて、より政策的な議論が行われることには賛成であります。

 しかしながら、今、我が国が置かれている国際状況、地方の現状を直視した時、単に、短期的な政策目標であるマニフェストだけを持って、国民に全てを問い掛けることに対し、一つの疑問を抱かざるを得ません。

 それは、この日本という国のあるべき姿、国家像の欠落ではないでしょうか。地球という星のなかで、我が国がどのようにあるべきなのか、そして、私たち日本人とは何なのか。その答えを背景に持たない政策など、単なる、文字の羅列でしかありません。

 総選挙を前にして、各党の政策を熟読する限りにおいては、少なくとも私には、日本という国がどこに行こうとしているのか、その明確な答えを見出すことが出来ません。

 例えば、総選挙の重点政策の一つ、イラク新法の問題を考えた時、今まで、我が国が、戦後歩んできた平和への道筋とは異質なものであり、国民的な議論が行われること無く、国家の質が変貌しようとしている現状を憂います。

 だからこそ、我が国が、そして、私たち一人一人の日本人が、この日本という国がどうあるべきかという国家像やアイデンティティーを議論することなく、帳面けしの手続き論だけが先行する今の政治の現状に、一人の日本人として警鐘を鳴らしたい。

 今、政治は、この国のゆくえを議論する時である。